臥待月
「いいですか。」
はい。
「これからの時代、女だからと言って男に遠慮することはありません。」
はい。
「特にお前はこの家の長子なのですから、相応しい振る舞いが求められます。」
、はい。
「お前は器量が悪いのだからその分学を身に付けねばなりません。解っていますね。」
…はい。ご教授ありがとうございます、おばあさま。
「女に学など要らん。ひけらかすしか能の無い様な奴らにはな。」
…はい。
「だが男を立て己は控えることもできん馬鹿はこの家には不要だ。解るな。」
心得ております、おじいさま。
「父さんも母さんも相手をしてやらないとそれはそれで厄介だ。適度に話を聞いておけ。」
大丈夫、わたし出来るよ、お父さん。
「■■■、■■■はお姉ちゃんなんだから、●●くんをおばあちゃまから守ってあげてね。約束よ。」
…うん。わかってるよ、お母さん。
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ーーー
ーー
―
夢見が最悪だ。そう思った。そう思ってから、寝ていたのかと自覚する。つまり私は今目を覚ましたわけだ。
「…?」
体が重い。周囲にはカーテンがかかっている。でも暗いのはそのせいじゃないようだ。レールの隙間わずか差し込んできているのは、常夜灯の橙がかった光。今何時だろう。というか本当に体が重い。金縛り?あれって意識だけ目覚めて身体は寝ている状態なんだっけ?こういうこと?
どうにかこうにか起き上がろうとして、けれど腕を動かすので精一杯だった。その腕さえも、すぐ何かに引っ掛かってそれっきり持ち上げられなかった。
「…」
喉が渇いたんだけどなあと視線を下せば、山吹色が映る。ほんと行動がヒロインだわ。思わず笑みが漏れて、頬が引きつるのが解った。一体どれだけ寝ていたのか。
「ルミィ、」
起きて、と彼女の下敷きになっている左手を力の限り上下させる。声帯が仕事を放棄してしまって、ろくな呼びかけにもなりやしない。それでも根気よく続けているといくらか体の感覚が戻ってきたようで、よたよたと横向きになって右手をルミィに伸ばす。声帯のストライキは続行中だ。はよ働いて。
そっと彼女の頭に置いた右手が随分痩せてしまっていて、本当にどれだけ寝ていたのかと一瞬眩暈がした。というかまさか奇跡の生還レベルの怪我だったのだろうか。帯びていたのが風マナだったから、いくらかは相殺できていたと思ったのだけれど。
そこまで思って、唐突にずくりと痛みを覚える。心臓が肋骨をだしだしと叩いて、その振動に呼応するように熱が波打つ。はっと息を詰めたところで、ルミィの瞼が震えた。
「…ん、」
ぼんやりと開かれた湖のあおと目が合って、しばし。
「…ハルド…?」
呆然と呟くルミィにへらりと笑いかけてみる。彼女の両目はみるみるうちに真ん丸になって、同様に開かれていた唇が戦慄いて、
「この…っバカぁあああああああああ!!!!!!」
えっ、あっはい、すみませんでした??!
「バカ!バカハルド!何してるの!なんでっ、なんで!!」
あっ痛い、ルミィごめんそれ痛いから!腕引っ張らないで!待って!今私声出ないんだって!
抱き込んだまま眠っていた私の左腕を思い切り引き寄せて怒鳴る様にそう言った彼女は、そこまでで言うべき台詞を見失ったかのように一瞬口を閉じると、今度はわぁわぁと声を上げて泣き始める。待って、待ってルミィ!今夜!私声出ない!
「…何してるのはこっちの台詞なんだけど。」
シャ、とカーテンが引かれ、最大限に眉をひそめたルカが入ってくる。ぱっと目が合うとルカは溜め息を吐いて、ルミィを引っ剥がしてどこかへ向かわせた。医師に連絡かな。
ほとんど吐息のような声でルカを呼べば、聞き逃すことなく応じて。さっきまでルミィの座っていた椅子に腰を下ろす。
「…なに。」
「…ぃた、かっ、た?」
「…痛かったよ。」
盛大に溜め息。これについては本当に申し訳ないと思っている。感覚共有、とまではいかないけれども、この世界の双子間の繋がりは深い。さらにあの至近距離で怪我したところを見たのだから、通例以上に痛みを感じただろう。
「おかげで僕も一瞬気が飛んだ。」
「え、」
「ルミィがブチ切れて木端微塵。」
パーティーの半数が戦闘不能という絶望的状況でその後どうなったのかと、さっと青ざめれば椅子の背に凭れかかってルカが言う。
「ルナのあの爆発魔法くらって体勢崩れたところにアイツが斬りかかってくとこまでは見た。」
ああ、ちゃんと発動したのか。そっと息を吐く。
「安堵してるとこ悪いけど、評価は悪かったから。」
あー、やっぱりか。1人意識不明だもんなぁ…いくら想定の難易度から三段階くらい高い案件だったとはいえ。
「…なんで前に出たの。」
「…気が、ついたら。」
あの三対の目が、ルミィを捕えたと確信した。次の瞬間には体が動いていた。そんな危機的状況に陥ってなお瞬時に行動できる体を、思考が邪魔した。思考というか、前世の記憶というか、慣習というか。
こうして今思い返せば他にいくらでも方法はあったのだ。とりあえずあの前脚をぶった切るとか、自分に強化をかけてルミィごと退避するとか。魔法を使えば、いくらでも。あんな、身を挺して庇うなんて最悪手に近い事をしなくても、どうにか切り抜けられた筈だった。
でもあの時は、魔法のまの字も思い浮かばなかった。
「あえて言うけどさ、」
「…ん。」
「二度目、だよ。こうして、」
家族が死ぬんじゃないかって待ってるの。ルカは何でもない事のように装おうとして、失敗した。




