いなさ吹く演習 3
途中、森に一番近い村に寄ってもらい、依頼主や獅子と遭遇したという人から話を聞いて回ったのが11時頃。事前情報の齟齬がないことを確認し、再度森へ向けて出発した馬車の中で簡単に食事を済ませる。12時前には森へ到着し、馬車を見送った。
踏み入ったそこは、やはり人里が近いからだろうか。歩道の整備も間伐も行き届いており、柔らかな日差しが降り注いでいた。
「…異常がある様には見えないわね。」
5分ほど歩道を進んだ所で、フィーが呟いた。
「常を知らないから何とも言えないけど、」
言いながらルカはすいと辺りを見回す。今日のところは小目標回収をメインに、森の半ばあたりまで見て回ろうという事になっている。の、だけれど。
なんだろう。こう、妙に騒がしいのだ。
麗らかで生命力に満ちているのだけれど、満ち過ぎている、というか。鳥のさえずりがやけに息苦しく聞こえる。さわさわとこすれる葉の音が、なぜか満員電車を思い起こさせる。嫌な予感とまではいかないのだけれど、どうにもすわりが悪いような感覚。
「…あんまりいい感じじゃなさそうだね。」
目があったルカがそう言って、警戒心を高めるのが解った。
「うん。なんだか騒がしいよね。」
応えて私もぐるりと見渡す。はっきりと、何が、と判らないのがもどかしく、それが更に居心地の悪さを募らせる。
溜め息を吐いて視線を戻せば、きょとんとした顔のルミィとフィーの顔が映った。
「…騒がしい?」
「うーん、そうでなければ…息苦しい、かな。」
ことりと首を傾げるルミィに答えれば、彼女はさらに目を瞬かせた。あれ?
「ええと…ほら、こう、ざわざわしているよね?」
「…葉っぱが?」
「葉もだけど…もっと、全体的に。」
「…?」
…おかしいな。ルミィの周りに疑問符が飛んで見えるぞ。
「…フィー?」
「申し訳ないけれど、アタシにも解らないわ。」
「る、ルカ、」
「…うわ、本当に気付いてなかったのお前。」
それ風マナ適性が高い場合の副作用だよ、とルカが半目で言う。音や匂いに敏感になるのだと。
「…知らなかった…」
この世界の人間スペック高いなーとばかり…あと空気が綺麗だからかなーなんて…あれ、でも、一応三色出てるのだから、特別風適性が高いってことは無いと思うんだけど。
「ひとつ抑えてるでしょ。」
「…あーそっか。」
目を閉じるとほかの感覚が敏感になる、なんていうのはよく知られた話。これもつまりはそういう事だろう。うーん、気付かなかった。
「でも具体的な事は判らないから、中途半端でむしろ不便だよ。」
「それでも知覚範囲がアタシ達より広いことに変わりはないわ。他に何か感じたら知らせて頂戴。」
言って再び歩き出したフィーに善処するよと返したものの、結局夜になっても森に入ったとき以上の違和感は感じず。幸いにして小目標はいくつか難なく達成できたけれど、その頃には違和感が不安を呼んで来て、いっそう落ち着かない気持ちを抱えることになった。
「ひっどい顔。」
「服を新調させたい母様が数歩後ろからずっとついてくる感じ。」
「僕が悪かったよ。」
夜も更けた頃。火の番に座っていると、横からマグが差し出される。受け取ろうとルカを見ればそんなことを言うものだから、つい私もジト目になろうというものだ。解ってもらえて何より。
「交代の時間になったら起こすのに。」
「二度寝するよりは良いでしょ。」
二人並んでマグを傾ける。中身はココアだっ…ココア?これココア?
思わずまじまじと中を覗き込んだ私を見てルカが噴き出す。ひどい。
「…薄い。苦い、スパイシー。でも甘い。」
「っはは、なにこれって言わないだけすごいよ。」
悪戯が成功したとケラケラ笑うルカに一瞥をくれてやって、再度慎重にひとくち。うーん?不思議な味だけど、不味いわけじゃない。なんかどっかで飲んだことある様な…ホットチョコレート(ビター)にいろいろ混ぜた感じ…?
「そうそう。大体そんな感じ。」
「マイラのブレンド?面白いもの考え付くね。」
「夜にココアは重いって言ったらいろいろ試してくれた。」
「それでも甘いのが良かったんだ。」
今度は私がケラケラと笑う番だった。なんだかんだルカも甘党なんだよね。
「あー、なんかぽかぽかしてきた。」
「そういうスパイスが入ってるからね。」
「ルミィに渡してたのもこれ?」
「…あいつも変な顔してたからね。」
夏とはいえそこまで気温が上がるわけでもないこの大陸で、さらにはその季節も移ろうかという今この頃。冷やかな夜気に反して精神は昂っていて、寝られそうになかったから火の番を買って出たのだけれど、ルカにはお見通しだったみたいだ。
「日が傾くとともに顔色悪くなっていってたよね。何か言ってた?」
私が声をかけると元気に振る舞って見せるものだから、途中から極力そっとしておいたのだけれど。
「何か忘れてる気がする、ってさ。」
はー、と空気を肺から追い出してルカが言う。忘れてる、か。
「例の物語?」
「だと思うよ。総合野外実習は結構重要なイベントだったから。」
「お前の方に心当たりは無いの。」
「うーん、私は一度さらっと流しただけだからなぁ…」
さらに言えば誰ルートなのかとか愛情度がどれくらいかで色々と変化があるイベントだったから、正直さっぱりだ。でも意識的か無意識にか私を避けるような素振りを見せているという事は、ハルド関連であまり良くないイベントがあったのだろうか。
「んー…」
「あ、そ。じゃあもう寝なよ。後は僕が見ておくから。」
「んー、頼んだ…」
ふあ、と吐き出した息に僅か声が混ざる。すごいなマイラ、効果抜群じゃないか、なんて思いながら。せっかくルカが気を利かせてくれたのだから素直に寝袋に潜り込むことにする。置いたマグから残り香が鼻を掠め、ああ、チャイに似ているんだ、と思い至ったところで意識が落ちた。
夜が明けて二日目。相変わらず森はどうにも窮屈そうで息苦しかったけれど、かといって何か起こることも無くむしろ順調に調査は進んだのだった。




