いなさ吹く演習 2
地平線が見える。
その間は驚くほどにはっきりと存在していた。同じあおとは言っても、抜けるような紺碧と、吸い込まれそうな花緑青では全く違うのだ。
前の私でも見たことがないようなそれを、コントラストと言うべきか、それともグラデーションと言うべきだろうか。
「…うみだー…」
ぽあ、と半ば呆けた様な顔でルミィが言う。
「ルミィは、海見るの初めて?」
問えば無言でこくりと頷く。その視線は寄せては返すエメラルドグリーンに釘づけだ。まあこれはルミィに限った事ではなくて、私達全員暫し無言で見入っていたのだけれど。
「…私も、こんなに綺麗なのは初めて見た。」
訊かれたわけでもなくそう溢せば、ルカがちらりとこちらを見た。なるほどね。そう言ったのは波の音に紛れて、私しか気付かなかったようだった。
「…いつまでも見ていたいけれど、そうもいかないわよね。」
はぁ、と大きく息を吐いて、切り替えるようにフィーが言う。本当に修学旅行だったらこのまま海を眺めていられたのになぁ残念。
名残惜しげに窓辺から離れたところで、声がかかる。
「ご堪能いただけましたか?」
光が完全に収まった後、私たちを迎えてくれた青年に勧められ、大きな窓のある部屋に移動した。フィーが移動手段を尋ねたところ、すでに学園が手配しているので少し待つように言われ。
そうして今。馬車が着いたので呼びに来たと、淡藤色の目を穏和に和ませてその人は言う。潮風に晒されているとは思えない程さらさらの髪は月白。風の加護を一身に戴く彼は自称・シエラテンプスの館に勤める者だとか。どう見たってシエラテンプス家当主です間違いない。ルカに視線で制されたので黙っておくけれど。
「はい。月並みな言葉ですが、これほど美しいものは初めて見ました。」
山吹色をゆるりと和ませて、余所行き顔のフィーが言う。それにまたにこりと返した当主に案内され、玄関先に停まっていた馬車に乗り込む。目的の森までは二時間ほどで着くそうだ。
「帰りの際はまたお世話になります。」
「ええ。どうぞご無事にお戻りくださいね。」
ほわわん、と手まで振って送り出してくれた彼の背後から、慌てたような声がいくつも近付いて来ていたけれど、生憎それを伝える時間は無かった。やっぱり勝手に迎え役やってたんだ…部下の方々、お疲れ様です。
動き出した馬車は、きちんと整備されている道路のおかげか、見た目に反して揺れも少なく快適な乗り心地だった。
「それじゃ、この時間に達成目標の確認をしましょうか。」
フィーの一言に各々居住まいを正して、ブレスレットに触れる。
「主目標は、首長獅子の実数把握。ここ数週間ほど目撃数が激増しているため、同一個体なのかを調査する。」
これ二泊三日でやれって言うのおかしくない?とルカが肩を竦める。
首長獅子は、読んで字の如く首の長いライオン、のような夜獣。脚が6本あって尻尾が4本あって体高おおよそ3mのそいつをライオンと呼んでいいのならば、の話だけれど。まあでも顔だけ見ればライオンっぽい。
そんな強大な捕食者にとって人間はそこまで旨味のある得物ではないらしく、遭遇したとしても襲われることは殆んどない。というより遭遇すること自体が稀で、目撃されるのも森の奥深くだった。
それがここひと月の間に10件近く、しかも森のごく浅いところで姿が見られ。その内何件かはばったり鉢合わせてまでいる。風変わりな個体ならばまだ良し、異常繁殖でもしていては大事だというので皇都に調査依頼が来たのだそうだ。
「どちらかと言わなくても、本格的な調査の前調べってところね。」
それにしたって学生にやらせる内容じゃないとは思うけれど、とフィー。
「何にせよ調査が目的なのだから、夜種や昼獣との戦闘は最低限とするわ。いいわね?」
これに抗議の声を上げたのがルミィだった。
「普段使えない魔法を使うチャンスなのに…」
「ダーメ。小目標の所ちゃんと見なさい。」
達成するごとに追加報酬がもらえる小目標。大抵は採取物だけれど、たまに魔晶石が載っていることもある。が、今回の小目標は、採取物ばかりだ。
「でも、だからって戦っちゃいけないって事じゃないでしょ?」
「普段ならね。でも今回はダメ。」
魔晶石が手に入ったら報酬上乗せなんだし、とルミィは抗議するも、フィーはにべもない。はてと内心首を傾げて、私も改めて小目標リストを確認する。風鈴花(青):0/3、ワタリカズラ(実):0/2、ワタリカズラ(葉):0/4、錐晶キノコ(紫):0/3…うん、いつもより指定が細かい。個数まで指定されるなんて。まるでこれ以上は採ってくるなと言わんばかりの…ああ、ネガティブリストか、これ。
「小目標以外の獲得物はマイナス評価ってことでしょ。これってさ。」
やれやれと言いたげなルカ。おお、同じこと考えてた。つまり、いつもの小目標は採ってきて良いものを表していたけれど、今回の小目標はこれしか採ってきてはいけない、という事を表しているのだ。前者はこれ以外も場合によっては報酬上乗せだけれど、後者はこれ以外を認めない。普段と同じだと思っていたら痛い目を見るってか。
「それに、僕らの実力も考えなよ。生態系破壊する気?」
「それは、その…うう。」
ルミィも納得できたようで渋々了承して、その後は首長獅子の詳しい生態や小目標を絡めた森内調査ルートの確認で時間が過ぎて行った。




