いなさ吹く演習
夏である。
…とは言っても盛りは疾うに過ぎているし、そもそもが寒冷寄りの気候な中央大陸である。ちょっと暑くなってきたかなーベスト要らないなーとか思っているうちに、今では朝夕なら一枚羽織る物があってもいいくらいの気温。
個人的にはとても過ごしやすいこの時期に、何があるかというと、修学旅行だ。
「違うと思う。」
「そうかい?二泊三日、校外で、生徒同士でグループを組んで。指定されたものを踏まえて自分たちで行程を組むんだろう?似たようなものじゃないか。」
「そこだけ聞くとそんな気がしてくるけど!私の憧れた修学旅行はこんなバイオレンスなものじゃない!」
「修学旅行がなんなのか知らないけど、少なくとも旅行じゃないよね。」
「…はい。」
机をバンバンしそうな勢いのルミィと、至極冷静なルカにしょげて返す。違うかぁ…似てると思ったんだけどな。
「…ハルド、アンタまた何か言ったの?」
戻ってきたフィーが呆れた様に言う。ええひどい。なんで私がいつも変な事言ってるみたいな言い方するの。
ひっそりとショックを受けていると、ルカが今更何を、と視線で投げかけてくる。おかしいな。本当に私のキャラクター性どこに行っちゃったんだろう。
「まぁいいわ。アタシ達の行先は風の地。シエラテンプス領の森よ。」
そう言って机の上に置いたのはいつぞやも使った華奢な銀のブレスレット。今回は地図とメモ、後は条件の達成度合いなどが見られるようだ。
「孤島じゃなかっただけましか。この部隊編成だとドラゴンの卵でも持って帰ってこいって言われかねないし。」
さっそく地図を呼び出して、ルカが言う。森は森で予想外の夜獣が移動してきていることもあるけれど、確かに移動範囲の限られる島よりは良いのだろう。なにより島は遠い。
「星付き候補が揃っているからね。けれど、これは…随分遠いな。」
私も地図を広げて、唸る。領主の治める港町、そこにほど近い場所に広がる森が、今回の総合野外演習の目的地の様だった。
普段の野外実習とは異なり、泊りがけで、しかも生徒のみで進められる実習。グループ分けは学園側で決められるものの、大体仲の良いメンバーになっているから、その辺は考慮されているのだろう。
「というより、星付き候補なんてむしろ纏めておかないと危ないじゃない。アンタ達解ってる?」
風の港町への転送魔法陣使用許可願いを整えながら、フィーが言う。まあその通りである。
この総合野外演習は、グループごとに行先も学園から提示される達成目標も違う。グループの能力の平均を取って、相応しい目標が与えられるのだ。だから、似た様な実力で分けられる。下手に実力差があると、上の者は力を持て余し、下の者は命からがら、なんてことになりかねないからだ。そういうのを視る授業じゃないからね。
「解ってるよ。フィーがいてくれなかったら私達ヒーラー無しで行かなきゃいけなかったんだもんね。」
目標を確認しながらルミィが頷く。もっと感謝なさいとフィーがルミィを小突いて、許可願いを提出しにまた席を立つ。本当に感謝してますリーダー。
「装備は元々ので問題なさそうだけど、もう一度確認して15分後に実技棟入り口に集合。良いわね。」
各々了承の旨を返し、同じく席を立つ。あの申請5分で通すつもりなのかな…頼もしすぎ…
ずらりと並んだ各種許可手続きの臨時窓口と、難しい顔をした係員たちをちらと見て、そっと視線を外す。うん。フィーならきっとやってくれるでしょう。そう自己完結して教室を出る。すでにルカもルミィも見当たらない。これは私もちょっと急がねば。
「…とは言っても、本当に準備するものなんて少ないよね。」
部屋に戻り、鏡の前で一周。実習着よし、外套よし。杖問題なし。靴異常なし。ウエストバックの中身よし。
「結合マナ活性剤をもう少し入れてはいかがですか?ハルド様はお体の都合であまり効果がありませんが、他メンバーに使っていただくことが出来ますし。」
ほかに何かある?とメイアに尋ねれば、しばし考えた後答えが返ってくる。そうか。そういう考え方もあるのか。バックにはまだまだ余裕があるしそうしよう。
試験管のような瓶に入っているポーションを3本バックに追加。それでもまだ余裕がある。うーん、火種石に水呼び石、予備の折りたたみ杖、傷用軟膏、包帯ひと巻、携帯食料、追加分合わせてポーション5本、収集物回収用の防水布大小、お金が少々。野営具はフィーが持っていく手筈になっているし、これで大丈夫だと思うけど…
「十分だと思いますよ。無理に荷物を増やすこともありませんし。」
「…そうだね。よし。行ってきます、メイア。」
「どうぞお気を付けて行ってらっしゃいませ。」
にこやかに見送られ、部屋から出る。事前にみんなと照らし合わせた荷物とほぼ変わってないし、大丈夫だろう。最悪港町で買えばいい。
男子寮の玄関でルカと会い、二人で実技棟へ向かう。
「緊張してる?」
顔が硬い。唇の端を上げてルカが言う。
「…まあ、少しはね。」
ひょいと肩を竦めて応える。
「それにしても風の領なんてね。」
石畳を進む中、ルカが溜め息に混ぜてそう言う。
「まさか本当に赴くことになるとは思わなかったよ。」
「銀のアイツが行かなくてよかったんじゃない?」
「…あー、その可能性もあったのか、危な…いやでも余計な事に時間かけるかなぁ?」
「さてどうだろうね。今はルミィにご執心のようだし?」
でも文通続いてるんでしょ?と問うルカに、まあねと返す。うん、でも、それを考えるといい機会かもしれない。今のところ何とか理由を付けて詳しい描写は避けていたけれど、流石に絵葉書だけを手掛かりにシエラテンプス領の事を語るのにも限界が見え始めてきているのだ。彼の中でルナが滅茶苦茶深窓のお嬢様になっていたらどうしよう。
「返事書かなきゃよかったのに。」
「そうは言うけどね、ルカもあの手紙を受け取ってごらんよ。とても無視なんてできないから。」
そして苦しい言訳ではあるが、私から手紙を書いたことはないのだ。それでも来るのだ。どんだけ筆まめなの。律儀なの?紳士なの?それともそこまで後ろめたく思い続けてるの?
「こっちに負い目を感じるところがあるから尚更?お前ってそういう所あるよね。」
頭を抱えたい私をルカはケラケラと笑う。コノヤロウ。思ったところで棟に着く。なんてタイミング。
フィーとルミィは既に着いていた。遅刻ではないのでほっと一息。というかフィーはいつ寮に戻ったんだ…?もしかして戻っていないのか。準備万端でしたかさすがリーダー。
「揃ったわね。3階の第2実技場から出発よ。」
フィーに先導され棟内へ入る。指定された場所には職員が一人立っていて、フィーはその人に許可証を渡す。間違いがないことを確認した後、職員は証をぽいと床に放つ。
ひらり、ひらりと幾度か宙を舞った紙はやがて床に落ち、それを中心に大きな紫紺の魔法陣を描く。職員に促され、4人でその陣の上に立つ。彼が何やら唱えると黄色の陣が重ねられ、瞬間淡い光を放つ。
それなのになぜか目が眩んだように景色が白く塗りつぶされ、次の瞬間、気付けば全く違う場所に立っていた。
「ようこそ、シエラテンプスへ。」
真っ白な壁。大きく取られた窓。その向こうは蒼と碧。そして数歩先に立っている、柔和な笑みを浮かべた青年の声と共に潮風が流れ込んできた。




