碧霄の午後茶3
※オリフィス=砂時計の括れた部分
「…目的は果たせたか?」
バレテーラ。なんて一言が高速で頭の中を走り抜けて行った気がした。いやまあ確かに探ろうとしたこととはちょっと違ってたけど、何かしら聞き出そうとして訪れたのはバレバレだったんだろう。
へら、と笑って誤魔化して、オレンジティーを淹れるべくいそいそと椅子から立ち上がる。
「あれは、撒き餌でもあった。」
あからさまな私の態度に呆れた様な顔を見せて、兄様が言う。
「…うん?すると私はまんまと釣られたわけですか。」
「エディスか、レッダが掛かるだろうと思っていたがな。」
「ああまあ確かに、ルミィの相談相手って言ったらフィーがまず浮かびますよね。」
「…本当に、エディスに言われて動いているんじゃないんだな?」
「私の意思ですよ。それにルミィは未来が見えている訳じゃないんです。」
ことことと健気に存在を主張し続けていたケトルがすっかりおとなしくなった頃。砂時計を置いたところで念を押すように再度尋ねてきた兄様に、私はやっぱり苦笑して返す。兄様は今度こそ安心したように息を吐いて、持ってきたフィナンシェに手を伸ばす。
「…なぜ分かる。」
一言つぶやいて、ぱくり。大口に頬張ったそれは、返答を拒んでいるようでもあった。
「うーん、そこのところは、どう説明したものか…誓約に引っ掛かるところなので。」
砂がオリフィスを滑り切り、カップ二つに赤みの強い琥珀色が注がれる。本来茶葉だけで抽出後、オレンジなどの柑橘類を漬け込むのだけれど、これはその簡易版。一緒に入っている乾燥させた柑橘の色が出ているんだったか。これで茶葉だけでも十分すっきりとした飲み口が、さらに爽やかに、それでいて柔らかくなるのだ。
「…俺は、敵か。」
苦々しげな声に琥珀色は揺れて、兄様の顔が歪んで映る。さてどう返したものか。うーん、これは意図せず中間管理職を引き受けてしまったみたいだ。あっち立てればこっち立たずというこの状況は。
「ルミィの、ルミィにとっての最重要注意人物だったことは間違いないですね。」
さっきから苦笑しっぱなしだ。そろそろ眉間に変なしわが付くんじゃなかろうかとさえ思えてくる。
「…でも、」
ずっとずっと憧れていた、兄という存在。まもってくれるひと、前に立ってくれるひと。布団の中であたしは何度、それを夢に見ただろう。
「させませんよ。敵になんて。」
手元の琥珀が揺れる。ついさっき発見した新たな美味しさに期待して、私はミルクを注ぎ込んだ。ゆるりと底に当たって翻ったそれは、忽ち色を淡く鈍らせる。
「兄様は、大切な、かぞくですから。」
そうして一口。ああ、うん。これはこれでやっぱり美味しい。満足のまま笑んで見せれば、兄様は少し意外そうな顔で私のカップを見ていた。
けれど、そのまま何を言うでもなく。ややあってふっと、空気が抜けるように兄様も淡く笑んだ。
「…そうか。」
「はい。」
「それは…頼もしいな。」
「任せてください、と言い切れたら良かったんですけど。」
ひょいと肩を竦めて言う。実際のところ私が出来る事なんてたかが知れている。兄様の立場を考えれば、今の話を丸々ルミィに伝えるわけにはいかないし。かといってルミィとの誓約がある限り、兄様に洗いざらい話してしまうわけにもいかない。こうやって双方に、貴方は誤解していますよと伝えるのが精々だろう。
後できることと言えば、やっぱり訊いてしまう事か。
「…兄様は、この世界、好きですか?」
問うて私もフィナンシェをつまむ。珍しくきょとりと目を瞬かせた兄様に、ああやはりと安堵の息が漏れる。
「将来の事で兄様に聞きたいことがあったのも、本当なんですよ。私は、この世界が好きです。魔法という技術に、言い表せないほどの魅力を感じています。魔法が、魔法で、どこまでできるのか知りたい。試してみたい。」
ルナにそれがどこまで許されるのか、公爵令嬢にそれが叶うのか、わからないけれど。きっとルミィに出会わなければ、私は純粋に、その相談の為にこの部屋を訪ねただろう。
「兄様はいかがですか?こんな世界は嫌ですか?」
笑って言う事じゃないんだろうな、とは思う。けれどほかにどんな顔で訊くべきかと仕切り直しても、私はやっぱり笑うのだろう。
「…どうだろうな。」
答えた兄様の声は穏やかだった。
「恨んでいたことも、確かにあった。魔法さえ、マナ適性さえ無ければと、そう思っていた時期もあった。…今でもどこかではそう思っているのかもしれん。それでもこうして、後進を育てる身として立とうと決めたのは…続いていけばいいと思ったからだ。」
少なくとも、この国は。そう言って兄様はふっと空気が抜けたように、淡く笑んだ。
「俺個人としては、お前がそう望むのなら研究職に就くのも応援しよう。立場を考えているのなら、そこはお前次第だろうな。もちろん相談にも乗ろう。」
そう言ってカップを下ろそうとする兄様に、ゆるりと首を振って応える。
「…今は、そう言っていただけるだけで十分です。」
好きだとも、嫌いだとも言われなかったけれど。滅んでしまえと憎んでいるわけでも、どうでもいいと見限っているわけでもなさそうだった。…私の、見る限りでは。
十年近く見てきた兄様を信じたい気持ちがそう見せているのかもしれないけれど、それでも光を通して穏やかに映えるその海の色は本物だと、私は思ったのだ。
「…あまり、無理をするなよ。」
ただでさえ体調が万全ではないのだからと、兄様はやや眉をひそめて自分の首元を指して見せる。まあ確かに転換と適性封印の二重魔法を発動させ続けるために、少なからず体内のマナエネルギーと魔力を持って行かれているけれど。
「それで得たものもありますし。」
杖で戦う(物理)方法がその最たるものだ。能力が低い中でうまくやろうとするなら、より効率の良い方法を探すか、もしくはそれを補助するものを強化するか。棒術はもちろん後者で…それを考えると今の私はグラーアルよりアチェアロに近いんじゃないだろうか。うん?アリなのかそんなん。
はてと首を傾げた私に、兄様はそら見た事かと溜め息を吐いた。
「確かにお前の能力の進歩は目覚しい。だからこそ、心に余裕を持て。自分の状態を客観的に見られるように努めろ。必要な時に、最適な行動をとるために。」
いいな、と兄様には珍しく念を押すような物言いに、少々気圧されるまま解りましたと頷く。そんな私を見た兄様は眉を下げて苦く笑った。
あーこれはあれだ、私がもう少し小さかったら頭ぽふぽふされてたやつだ。本当のところは伝わっていないけれど言った事は受け入れられているからいいか、みたいな。
つまり私は兄様の本当に言いたい事を理解できてないってことなんだけど。まあでも、ちゃんと覚えていればいずれ、ああそうだったのか、なんて思う日も来るだろうし。そこまで深く考えなくてもいいかな。
…なんて。その時は。そうやって気楽に考えていたんだ。




