碧霄の午後茶 2
「…よく解りません。」
私は素直にそう言った。
「順を追って話そう。」
兄様は苦笑して応えた。
「ルミィ・エディスは高いマナ適性を持って生まれた。園に入り魔力を鍛え、おおよそ問題なく釣合が取れた。結果、アチェアロとして非常に高位な魔術師になることが当然となった。個人の成功譚としては上々のものだろう。」
だが、園全体を見れば、それは珍しい事ではない。と兄様は続ける。そういう生徒は過去にいくらでも居たし、今在籍している生徒の中にももちろん居る。言ってしまえば、高位の魔術師の中ではよくある事なのだ。
だから、それに未来視の能力が加わったところで“優秀なアチェアロの魔術師”の枠を超えることはなく、因って特殊措置も必要ないだろうと考えられていたのだ。
それが、ついこの前。総合演習で。ルミィはグラーアルも斯くやと思わせるほどに魔法を操って見せた。
「あれは危険だと、言う声が出た。」
高いマナ適性。それを問題なく、どころではなく遺憾無く使いこなすほどの魔力。そして未来視。ダメ押しとばかりに学力優秀、戦闘においての能力も申し分無い。と、なれば。
「ただの学生として野放しにしておくのは危険だと、教諭陣の定例会で議題に上ったんだ。」
何処かの館に上げて訓練兵として隔離するか、未来視を専門とする研究施設に回して隔離するか、某かの強い枷をはめて能力や行動を制限するか。そんな意見が飛び交っていたと。
「それは、駄目です。」
それはすべてルミィの望む自由とは正反対のものだ。未来が見えるわけじゃない彼女にとって、研究施設に至っては監禁と何ら変わりない。それは、絶対に、駄目だ。
「何故庇う。」
「ルミィは、それを望まない、から。」
「何故そう思う。」
「それは、」
言葉に詰まる私を何と思ったのか、兄様は私の前に膝をついて、ゆっくりと顔を覗き込んで、努めてやさしく言った。
「ルミィ・エディスから、何を聞いた。あれは、お前に何をさせようとしている?」
そのやさしさは私だけに向けられたものだ。身内を害する敵を追い詰めようとする戦意と、手を携えたものだ。
「っ、違う!」
違う。違う違う違う違う。やめてよ。そうじゃない。どうしてルミィが悪いみたいな言い方をするの。どうしてルミィが私を利用していると思うの。
普段を見ていればわかるはずなのに。彼女はあんなに苦しんでいるのに。ルミィは自分を偽れないタイプの人間だ。嘘を吐くのが苦手で、隠し事が下手。思ったことがそのまま口から転がり落ちるような、どこか抜けているくらいの素直さがあって。
一週間も隣で見ていればそう分かるくらいなのに、どうして。どうして兄様には、ルミィが悪女みたいに、見え、て、待って。
「…兄様、ルミィをどんな人だと思っていますか?」
見ていれば分かることが分からないと言うのなら、それは見ていないという事だ。
「…正直、得体の知れない奴だとしか思っていない。」
まともに声を交わすのは授業中ごく最低限のみ。日中それとなく様子を探ろうにも、不自然なまでに姿を見ない。まるで避けられているようだ、と感じて、兄様はルミィが未来視を有しているのではと、本気で疑うようになったのだと。
うわぁ、と私は思わず額に手を当てる。行動が裏目に出ていたよルミィ…
「そう、だったんですか…」
そりゃ、まあ、確かにルミィが怪しく見えるよなぁ…それが急に妹分…弟分?と親しくなったってんなら、何か裏を疑うのも、兄様の性格を考えれば仕方ない気もする。
「…ルミィとは、真名を交わしました。」
そう告げると、みるみるうちに兄様の目が見開かれる。ぱっと立ち上がって今にも駆けださんとする兄様の両手を、慌てて取って抑える。
「互いを害さず、謀らず、同性の友として尊重し合うと、真名に誓ったんです。」
ゆっくり、一言ずつ区切るくらいの心持ちで言うと、徐々に雰囲気が穏やかになっていくのが分かる。
「…話した、のか。」
「それが最善だと判断しました。あ、ちゃんと父様と母様に報告してありますよ。」
あと、ルカとメイアとマイラもそれについては知っています、と付け加えると、兄様はそうか、と。吐き出す息に混ぜてそう言った。
だからルミィは悪い子じゃないですよ、と握った両手をゆるゆると振って言えば、
「…俺の取り越し苦労か。」
良かった、とほとんど囁くようにそう言って。私の両手を今度は兄様が握り直して、その額に当てた。兄様は身内を害されるのを殊の外嫌う。恐れていると言ってもいいかもしれない。私やルカも身内に甘いけれど、そんなのは目じゃないくらいに。
ディン・ファエラが兄様になるきっかけとなったあの事件は、それほど深く彼の中に傷を付けたのだろう。それでなくても家族という温もりに餓えていたというのに、唯一の縁が自ら命を絶つような真似をしたのだから。
「はい。…でも、それなら、どうしてミクロス・アステなんて提案したんですか?」
本気で兄様がルミィを疎ましく思っていたのなら、むしろ積極的に彼女を外へやろうとしそうなものだけれど。
「教壇に立つ者として、学ぶ者の権利や未来を護る義務がある。」
ややあって手を解放した兄様が言う。
「…それに、名指しではなかったが候補にお前たちも上がっていた。」
私たちって私とルカのことですか。下手に前例を作られても困るからな、って何でもないように言っていますが兄様そっちが本音だったりしませんか。
「過去の事例を洗って星付き候補なんてものがあるのを知った。正規のアステと違って拘束力も強制力も無いが…確実に首輪にはなる。それで一年と言わずとも幾らか様子を見て、改めて処遇を決めてはどうかと提案した。」
幸いにも教諭陣の殆どが賛同し、急きょミクロス・アステのバッジを用意することになり、それでここ数日バタバタしていたとのこと。
結局なんやかんやの内に私とルカもミクロス・アステに選ばれてしまったらしいのだけど、まあそのおかげで今後の方針も固まったし私にとっては良い結果になったと言えよう。
「それで今朝の小包に繋がるだろう?そういう訳だ。」
「…そうだったのですね…このこと、いずれルミィには?」
「公平性を保つための機密事項だ。今の俺がエディスと腹を割って話す場面が想像できない。」
「…そのおかげで、大分擦れ違いが…」
「擦れ違い?何にせよこの件については他言無用だ。いいな?」
「ルカには言ってもいいんですよね?」
「…必要だと判断したのならな。」




