薄暑の朝食 4
まずは、現状を把握してみようか。
1、ミクロス・アステのバッチがルミィに届いた
2、ミクロス・アステのバッチはディンルート開始の合図である
3、現在高学部2ノ月初旬である
4、バッチは少なくともハルドとルカの所にも届いている
5、現在ルミィは問題なく魔法の制御が出来る
「こんなところかな?」
「じゃないかな。で、ルミィの憂慮するところは?」
「来週からディンルートに突入するのではないか。」
食後に、今度は私が紅茶を淹れ直して、一息。飲んだルミィが目を瞬かせる。
「…これ、おいしい。」
「風の領にある村の茶葉だよ。あまり発酵させずに仕上げた物なんだ。」
へえ、と彼女は目を細める。私と同じように、懐かしさに似たものを感じているのだろうか。それとも単純に彼女の好みに合ったのか。どちらにせよ喜んでもらえた様で良かった。
「兄様の気持ちまでは解らないから何とも言えないけれど、ディンルートに入る可能性は低いんじゃないかと思う。」
今のルミィの能力階級を見るに、専属の指導員が必要とは思えない。であれば、ディンルートの主軸である、師弟関係からの恋愛へ発展、という展開は成立しにくいのではないか。
「それに、仮にディンルートに入ったとして、兄様がそんな企みを隠しているとは思えない。」
ディン・グランデならまだしも、ディン・ファエラは、兄様は魔晶石になんて頼らなくても空間をひとつ創り出す事くらい出来るだろうし、そもそも、そんな物を必要とする動機が無い。
「…でもそれは、ハルドから見たファエラ教諭でしょう?」
「そうだよ。十年以上、近くで見てきた私の見解だ。」
きっぱりと言い切ればルミィは言葉に詰まる。実を言うと私はちょっとだけ怒っているのだ。兄様は幼少のトラウマを自力で乗り越えて、ファエラと縁を切ったって良かったのに、苦労しかないと解っていたのに、ファエラ家当主として家の立て直しに尽力している。その一環として学園の教職に就いているというのに。
「私が信じる兄様を、私を信じてくれているルミィは信じられない?」
「…その言い方は、ずるい…」
両手をカップに添えて、ううと彼女は唸る。意地が悪いのは解っている。けれど、こればっかりは私も譲れないのだ。きっとルミィは兄様も意図的に避けてきたのだろう。だから知らないのだ。兄様がどういう人なのか。勤勉で努力家で最近は当主としての貫録とも言うのか、カリスマ性みたいなものも顕著になってきて、けれど偉ぶらなくて、手先が器用で家事まで出来るのに変なところで不器用で、多少無愛想だけれど言葉を惜しむことはしないし、かといって四角四面に生真面目というわけではなくて。つまりだ。
「仮にディンルートに入ったとして、兄様のどこが不満なの?」
私は至極真面目に訊いているというのに、ルミィはぎぎっと表情を強張らせると、
「…ハルド、ブラコン…?」
なんだいその若干と言わずとも引いているような顔は。
「何言ってるの。身内の贔屓目を引いても十分魅力的な人でしょう兄様は。」
「ハルドさん私の話覚えてます?ディンルートノーマルエンド悲惨なの覚えてます?」
「もちろん覚えていますとも。けれど、要はそうならないようにすればいいだけでしょ?」
「そう、だけど!それをまさに今模索している所なんだけど!」
「なら心配ないよね。兄様にヤンデレの疑惑は無いし、仮にあったとしてもルミィが絆してくれればいいだけの話だし。」
「さらっと言ってくれるね?!教諭がハルドもルカも完璧に騙せるくらいの演技派だったらどうしてくれるの?!ハルドだってタダじゃ済まないんだよ!!」
「その時は全力でルミィを護るよ!背中押した責任くらいとるよ!私がそう簡単にやられるとでも思う?!」
「思わないよ!でも無傷ではいられないでしょう?!」
「それくらいは覚悟の上だよ!マイナスの方ばっかり考えてどうするの?!それじゃ何も進まない!」
「そりゃ考えるよ!ストーリーの強制力知ってる?!あれだけ試行錯誤したのに結局ハルドとの出会いイベ起こるし!!あの時も、今朝も!本当に目の前が真っ暗になった気がして!その気持ちわかる?!」
「わかるかそんなもん!!」
ガン、と何かが叩きつけられた音が背後から聞こえた。気付けば私もルミィも立ち上がっていて、ああイスが倒れたのか、と頭のどこかが冷静に理解する。それが冷却材になったのか、昂っていた感情が徐々に落ち着いてくるのが分かった。
荒くなっていた呼吸を治めるためにも一度大きく息を吐いて、けれど、
「…逆にルミィは、自分がなんでここに存在するのか、存在していていいのか答えてくれる存在は無い、世界に対して自分が圧倒的に異物なんだって理解した時の気持ち、わかる?」
ヒロインでなく、モブですらなく。主要人物にあまりに近く置かれたというのに、ゲーム知識すら朧気で。引っ掻き回す役割なのかと思った時期もあった。けれど、ならばと開き直ってとった行動も、結果的にはストーリーを回す歯車でしかなかったと知って。
ああ、それなら、ストーリーの強制力は私も知ってるってことになるのかな。もしくは、世界の修正力なのだろうか。すべてがあるべき姿に整えられるような、流れみたいななにか。




