薄暑の朝食 3
「ま、ってよ。今、高学部だよ?まだ共通ルートなんじゃ、」
高学部は準備期間。一年間で各攻略対象の好感度と愛情度をイベントやなんやで調整し、次の年、大学部に誰のルートへ進むかを決めるのだ。だから、本来なら、ゲームなら、まだ高学部の序盤も序盤のこの時期から個別ルートが始まるなんて、そんなことは起きるはずも無く。
「…うん。そうなんだよ。普通は、起こるはずがない。でも、実際、こうやってイベントが起きて、だから、どうしようって、とにかく、ハルドに話さないとって、」
アティカさんに相談したところ、この場をセッティングしてくれたのだと、ルミィは言う。
「…わたし、私、楽しくて。一日実習の時、本当に楽しくて。思いっきり魔法を使えたのもそうだけど、友達とあんなふうに学校行事出来るのが嬉しくて。前は、参加できても、ほとんど見てるだけだったから。」
「…そうだったんだね。」
「体育祭とか、球技大会とか、出たこと無くて。ずっと、見てるだけで。いいなぁって。」
「…うん。」
「だから、だから、忘れちゃってたんだ。ルミィ・エディスはヒロインなんだってこと。忘れて、調子に乗ってはしゃいで、今までずっと気を付けてたのに、どうしよう。これじゃ、このままじゃハルド、殺されちゃう。嫌だよそんなの。どうしよう、」
「…ルミィ。」
言葉を外に出すたびに、顔は俯いて身は縮こまる。その様子は、なんだか、声と一緒にルミィにとって大切なものが抜け出ていくように見えて。行儀が悪いとか思う前に、気付けばティーナプキンをルミィの頬に当てていた。
「ルミィ、私は、とても楽しいよ。ルミィと出会えて、君がルミィで、本当に良かったと思ってる。」
「ハルド…?」
それでやっと自分が泣いていたのに気付いたのだろう。慌てて目をこすろうとするルミィを制して、そのままナプキンでそっと目尻を抑える。ややあって、おずおずとルミィ自身の手がナプキンに添えられたので、私はそっと手を離した。
「はしゃいでいいと思うんだ。だってルミィは君だもの。ここは確かにマナキミの世界だろうけれど、ここに居る君は、君でしょう?」
私が知るヒロインは、さすがに地割れ引き起こしたりなんてできなかったし。冗談めかしてそう言えば、迷うように瞳が揺らぐ。
「…いいの?」
「さてね。そこはもう自分が納得できるかどうかだろうけれど…いいと思うよ、私は。」
その問いの答えは、きっと神様でもない限り成否を断じることはできないのだと思う。でも、それはつまり、私たちが悩んでも正解にたどり着くことはできないという事。ならばもう、自分はこう決めたと開き直ったっていい事なんじゃないかと、私は思うのだ。
ややあって、ルミィがぽつりと言った。
「…ハルドは、強いね。」
思わず笑みがこぼれる。そのセリフは少し前、私がルミィに言ったものだ。
「そう思えるようになるだけの時間が、私にはあったんだよ。」
そう応えた私に、ルミィは小さく、じかん、と呟く。
「…時間、が経てば、私もそう思えるかな。」
「きっと思える。君は自分が思うよりずっと強い心を持っているから。」
「…そう、かな。」
「うん。だから、その為にも、今はいっぱい悩むといい。整理する手伝いなら喜んで引き受けるよ。」
ややあって、ルミィが小さく頷く。自分の中で折り合いが付けられたようで。
「…ありがとう。」
そう言って、彼女はつぼみが綻ぶように笑った。
「あ、あの、私ばっかり聞いてもらってるから、ハルドも何かあったら言ってね!」
つられて私も笑うと、今度は照れ臭くなったのか、取り成すようにそう言って、そそくさと紅茶の準備を始める。うわーかわいいなー真正ヒロインだなーなんて思いつつ、ずっと気になっていたことを訊くことにする。
「じゃあお言葉に甘えて。」
「う、うん、なになに?私に出来ること?」
ティーポットをお湯で温めて、茶葉を入れて、と危なげないルミィの手つきを眺めつつ、
「そうだね。星が届くイベントについて詳しく知りたいな。」
ちょっと意地悪く笑んで見せると、茶葉の上からお湯を注いでいたルミィはものの見事にがちりと固まって。その間にお湯が注がれ終わったのでひょいと身を乗り出してポットに蓋をしてから、側に置かれていた砂時計をひっくり返す。
「…私、説明、してなかった…?」
「うん。」
「わあああああごめん!ええ、ごめん、これじゃ本当に私一人で騒いでただけじゃないの?!恥ずかし!」
持っている空のケトルを放り投げかねない勢いだったのをなだめて再度尋ねれば、そう言うのはもっと早く教えてよと嘆かれたので人の話聞ける状態じゃなかったでしょうにと返したところ今度は項垂れてしまった。
「…そうだね。うん、よし、切り替えよう。」
どうにか立ち直ったルミィの話すところによると、ミクロス・アステのイベントの発生条件は、ステータスが一定数以上であることと、ハルド・ファエラの出会いイベントを済ませていること。条件が揃うとその週末に学園からミクロス・アステのバッチが届く。そうすると、次の週から強制的にディンルートが開始されるのだそうだ。
ディンは学生時代星付きであったため、学園からヒロインの特別指導員に任命され、それに関連してイベントが起きる。同じアチェアロで第一属性は水、というところで波長が合ったのか、ディンの指導によってヒロインはめきめきと魔力を上げていき、やがては首席へと上り詰めていく。
「…でも、今思えば、ディンの都合のいい方向へ育てられていたんじゃないかとも思う。」
「理想の世界を作るための手段として?」
「うん。思い返してみると、選択肢、従順で忠実な態度が愛情度上がりやすかった気がするんだよね。」
「それ上がってたの本当に愛情度…?」
「今となっては確かめようがないよ…ディンが理想の世界にこだわる理由もわかんないし…」
だよなぁ…と、二人して紅茶を飲んで、溜め息。ダメだダメだ。お腹すいてたらこれ以上頭なんて働いてくれない。無償で働かせようとしたらストライキくらうよ。
先にご飯食べよう、と提案すれば否定されるはずも無く。カートに準備されていた皿からクロシュを外してテーブルに置く。保温保冷は言わずもがな卵の半熟具合までキープするクロシュってなんなの…便利過ぎない…?それとも皿の仕業…?或いはセットで効果を発動させるのだろうか…
「…魔法って便利だね。」
「…ね。」




