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攻略対象の事情。  作者: 冬晶
ハルド・ファエラという攻略対象
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永日の演習 7

 

 ほのぼのとした昼休憩も終わり、演習午後の部一戦目。私の前には山吹色が立っていた。

 男性には珍しくグラデーションとして変わっていくもう一つの色は、青緑。海の色とも、湖の色とも違う、青みの強いそれは、例えるなら夏の空だろうか。高く冴え渡った、吸い込まれそうな色。毛先に向かう程色の重くなる髪と鋭く輝く銀の瞳は、彼に独特の雰囲気を与えていた。

 構えるは刺突と切斬の両特性をもつ剣。出自に苦悩する純正王子様に私生児の剣(バスタードソード)を持たせるなんてひどいブラックジョークもあったもんだと思ったのだっけ。


「始め!」


 じゃ、と靴底が地面をこする音が聞こえた気がした。それほど速く、滑らかな動きでイメラは迫ってきた。下手に回避しない方がいいだろうか。右足を半歩引いて構える。風を破る勢いで突き出された切っ先を柄で受け流す。


「“水よ凝れ(イグネロ) 氷を此処に(パゴノ) 其を縛れ(アリスィダ) 其を捕えよ(クルヴィ)”」


 ぎぎぎ、と金属同士がぶつかる寸前。紡がれた言葉に判断をミスったかと思うも、時すでに遅し。得物同士の接点から私を囲うように素早く展開された青緑の六角形は、瞬く間に氷へ姿を変える。拘束系の魔法か!


「“風の尾三つ 我が背を護れ 枷打ち払え”」


 六角の頂点から内側へ向かって杭のように氷が伸びてくる。それが自分の体に到達する前に、風で粉砕する。


「“水よ集え(イグロ) その身震わせ(キマタキ) 我が刃と成れ(クスィフォスレブマ)”」


 そうしている間にはもうとっくにイメラは詠唱を終えていて、水を纏った剣を振り上げたところだった。けれど、しかし、耳に入ってきたのは細かく空気を震わせる音。どこから?あの剣から?何が?水、が?

 ぞっと嫌な予感が背を走って、その場を飛び退く。刹那、振り下ろされたそれは、刀身以上の長さでばっくりと地面を切り裂いた。


「“鋼よ集え(ステリオ) 千の槍を此処に(ドリアナリフミトス)”」


 私が回避するのは解っていたのか、それとも最初から畳み掛ける気でいたのだろうか。追うように振り抜かれた剣の軌跡から幾つもの鋭利な光が生まれ、こちらへ飛びかかる。


「“(いら)え白炎よ 其の身を(もた)げ 我が身を護れ”」


 追尾だったら面倒だ。前面に高温の炎の壁を展開し、全て燃やす。炎の笑い声と、鋼の杭の身悶える音に混じって、じゅ、という水の蒸発音。身構える暇も無く水の剣が炎を薙ぎ払い、返す刃でこちらへ迫る。とっさにもう一枚白炎の壁を発現させるも勢いは止まらず。水の鎧を剥ぎ取られてなお十分に威力のあるそれをどうにか受け止める。


「ほう、戦士の真似事程度はできるようだな。」


 銀の瞳がついと細められる。スチルとして見たのなら垂涎モノのベストショットなのだろうけれど、生憎今はそんな余裕はない。刃を受け止めた柄がきりきりと悲鳴をあげる。硬度加工したとはいえそれでも木。いつ押し切られるとも解らないのだ。


専門職(アチェアロ)にお褒め頂けるとは光栄だね。」


 右手を支点にくるりと剣を弾く。うっかり取り落してくれても良かったのだけれど、そううまくはいかないようだ。にいぃ、とイメラの唇が吊り上げられるのが見えた。ワーステキナエガオデスネー。

 次々と繰り出される刃を避け、時に弾き、さらに隙を見ては反撃に転じる。とはいえやっぱり本職は手強い。


 アチェアロは、言うならば付与魔術師だろうか。自分の持つ武器に魔法をかけ、或いはその武器を起点として魔法を発現させる。彼らはグラーアルとは逆に、適性よりも魔力が高い傾向にある。そんな彼らが魔法に頼り切った戦い方をすれば、周囲の浮遊マナはすぐにでも枯渇してしまうだろう。

 だから彼らは己の体を鍛える。魔法はあくまでも補助として、もしくは切り札として、それが無くても戦えるように。ある意味では魔術師(グラーアル)として大成できない者がとった邪道とも言えるだろう。事実グラーアルにはアチェアロを見下す者が少なからず存在する。その割合は年を重ねるとともに、また爵位の上がる程に増えていく。イメラがグラーアルであれば、幼少期、外部からあれほどまであからさまに冷遇されなかったことが、容易に想定できるほどに。


「考え事とは余裕だな。」


 その刃が振り上げられる前に穂先で抑える。不服そうなセリフとは裏腹に、その口角は上がっていた。


「余裕などとても。どう捌いたものかと必死に考えている所さ。」


 こちらも唇の端を引き上げてみせる。面白いものを見つけたようにイメラの目が細められる。瞬間、抑えていた刃が力任せに押し込まれ、たたらを踏む。普段彼の近くに居るリドが随分と体格がいいものだから忘れていたが、私とイメラではいくらか体格差がある。身長は大体拳ひとつ分ほど向こうが高いだろうか。前衛職として鍛えられた体は、私と比べるべくもない。

 半ば趣味で学んでいる槍術ではこのあたりが限界なんだろう。迫り来るいくつもの鋼の刃を風で押し返す。僅か後退したところに重ねて風を放つ。体勢の崩れた足元に小さな爆発を起こす。ひとつ、ふたつ、みっつ。完全に意識がそちらへ向いたところに、風の刃を差し向ける。気付いて打ち払おうとした、その手元によっつめ。ぼっ、と音を立てて炎が爆ぜる。

 風の刃に打ち払われ、バスタードソードがイメラの手からわずか離れる。


「“連れ行け風よ その背に乗せて 地平の彼方へ”」


 すいと手を払い、発現した風は彼の手から剣を掬い上げる。そのまま巻き上げられ、結界に弾かれて甲高い悲鳴をあげたそれはイメラの遥か後方へと落ちる。


「そこまで!」


 私を勝者と呼ぶ審判の号と共に結界が解かれる。


「…いかがだったかな?」


 左手を抑えながらも闘志の消えない銀の双眸に向けて、おどけたように訊いてみる。


「…実力は本物の様だな。」


 やがて痺れも取れたのだろう。袖口をぱっと払い、まっすぐにイメラが立つ。ありゃ、ちょっと焦げてる。申し訳ない。


「だが、やはりお前は気に食わない。」


 あまりに堂々と言われたその言葉に、怒りより先に呆れを感じる。はぁ、と息を吐いて、


「…それは残念だ。けれどだからと言って、」

「お前は、どこを見ている?」


 被せられた台詞に、目を瞬かせる。


「お前の見ているそいつは誰だ。誰に向かって話している。」


 いみが、わからない。


「今、お前の前に居るのはオレだ。アチェアロ階級J、イメラ・エザフォスティマだ。」


 何を言っているのだろう。そんなのは当然のことだ。彼でなくて誰だと言うのだ。ぐ、と眉根が寄るのがわかる。それを見たイメラの眉根も寄る。なんだってんだ、一体。


「…だからオレはお前が気に食わない。」


 まるで吐き捨てるようにそう言うと、イメラはさっさと踵を返し、落ちていた剣を拾い上げ去っていく。私もいつまでもここに突っ立っている訳にはいかないので、一度大きく溜め息を吐いてから、移動することにした。



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