団欒の朝食
「…おはようございます。」
体に馴染んだ動作で一礼してから、辺りを不自然の無いように見渡す。
そこあったのは、紛れもないいつもの風景。家族だけが利用するこの部屋に揃えられた、気品を損なわない程度に華やかさを抑えたシンプルで繊細な家具や調度品。
上座には父様が座り、順に母様、ディン兄様。ルカと自分の席順は、早く支度のできた方から。今日はルカの方が先に席についていたので、一番下座に座る。
ディン兄様は中央魔術園に通っているため、毎朝毎朝の事ではないが、こうして家族全員揃っての朝食がグレイスコール家の仕来たりの様になっている。
それに多少の違和感を感じるものの、それでもこの空間に安堵を覚えることができる。その事実にそっと胸を撫で下ろす。
「…昨日は、お騒がせして、申し訳ありませんでした。」
だから、その言葉もするりと言えた。
そう言ってぺこりと頭を下げたルナに、両親は視線を交わして、微苦笑。
「ふふ、本当に反省している時、口調が固くなって頭を下げるの、ルナの癖なのよ。気付いていたかしら?」
素直に非を認められるのは良いことだわ、と母様がおっとり笑う。重ねて、仲直りは自分達でなさいね、と、暗に両家とも事を荒立てる気はないのだと知らされ、ほっと息を吐く。
視線を下ろし、自分の前に並べられた朝食を見て、ふと気付いた。
真っ白な皿の上には、固めに仕上げられたスクランブルエッグに、ソーセージは白く皮の柔らかいもの。パンはカリっとよく焼いて、バターとジャムが両方添えられている。マーマレードは嫌いで、クルミの入ったものやミルク感の強いものの時はバターだけ。野菜は出されれば食べるが、実は人参と茄子が苦手なのがバレており、なるべく食べやすいように調理されている事に気付いたのはいつだったか。
これは、前の自分の嗜好と同じだ。
そうして思い返せば、今着ている服を始め、今までのドレスたちの色もデザインも前の自分の趣味から大きく外れてはいない。髪飾りも、他の装身具も、自室のインテリアだって。
今は、こうして食事もそこそこに考え事をしているのは昨日の喧嘩が原因だろうと、皆気を使って何も言わないでいるのだろう。けれど、昨日、家に帰ってからのやり取りに困惑している様子は無かっ たし、必要以上に心配されることも無かった。
それはつまり、今までの“ハルディナ・グレイスコール”と今の“自分”がそんなに違っていないから、ではないだろうか。前の自分の記憶があっても、無くても、自分の根本的なところに、外から見てわかるほどの変化は無い、のではないのだろうか。
ーー私は、私だ。
すとん、と。その言葉は心に収まった。
現在が、前の続きだとは思わない。でも、前があるからこそ現在が成り立っている。前の記憶を得たことが自分にとって損ではない、どころかむしろ良かったと言えるのだから、別段深く悩むこと無く、これまで通り“ハルディナ・グレイスコール”として生きていけばいいじゃないか。そう思えた。
そうして頬張ったスクランブルエッグは、まさしくルナの、私の好みど真ん中。卵のまろみと、生クリームのコク、バターの香りに絶妙な塩加減。そう、これだよ、と人知れず頷く。そこにもう、違和感は感じなかった。