永日の演習 5
「そう言えばフィーとはどうだったの?」
なんだか最近ギスギスしてなかった?とルミィが首を傾げた。
「ああ、うん…誤解は解けた、かな。少し事情を話したよ。」
これ?と自分の喉元を示して見せるルミィに、そうそうと返す。
「…は?話したの?」
心底驚いた声が反対側から飛んできて、振り向けばルカが珍しく目を真ん丸にしていた。
「うん?私の事だけだよ、話したのはね。」
「…フィーはなんて?」
「…?ルミィを取り合うライバルにはなり得ないって解ってくれたみたいだった。」
「あー…ああそう…」
じゃあいいや…と今度は呆れた顔になって溜め息を吐くルカに、ルミィと顔を見合わせる。けれど彼女も意図を掴みかねているようで。まあ私に解らないんだから仕方ないか。ルカの中で納得できたのならいいや。
微かに疑問は残るものの、別段深く掘り下げる必要性も感じないし、と放り投げたところで、ブレスレットの宝石がちかちかと瞬いた。どうやら呼び出しのようだ。
「おや、もう試合みたいだ。」
言って立ち上がればルミィが後に続く。相手はと問われ、画面を呼び出すと“リド・ディアイスヒス”の文字。彼かぁ…彼の所属するバクノートとは縁がほぼ無かったし、彼自身についても幼少の頃ごく僅かな面識しかない。ゲーム知識にしても、イメラルートで多少描かれた有能な従者像以上の事は知らない。
「うわ、ディアイスヒス?厄介なのに当たったね。」
ひょいと覗き込んだルカが楽しそうに言う。何か知っているのかと目で問えば、にまりとルカは笑って、
「お前が慌てふためく姿が見られそうだから、見学しようかな。」
とても不穏な事を言って下さった。ルミィを見れば、うろうろと視線を泳がせた後、がんばれ、と一言。疑問の前に嫌な予感が立ち込めて、若干帰りたくなったのが、ついさっき。
「“追尾 錐牙 立て 岩槍”」
下がっても掃っても跳んでも付いてくる、地面から生える無数の岩のトゲトゲに本気で帰りたくなっているのが今。
「“風の尾ひとつ 我が背を護れ”」
背後に迫った円錐状の岩を風で砕く。
「“連れ行け風よ その背に乗せて 地平の先へ”」
それが巻き上げた礫をそのまま風に含ませて、リドへ向け放つ。本来物を運ぶ魔法で、私は専ら掃除に使うのだけれど、加減すればこうして攻撃にも使える。とはいえ。
「“相殺 風楯”」
リドを中心に円環を成している札たちがくるりと回り、正面に来た一枚の札が淡く空色に光る。瞬間風が吹き上がり、勢いの殺された礫がぽたぽたと地面に落ち転がる。彼の第二属性は風。このくらいは容易いことなのだろう。全く以て素晴らしいね!
火を放てば緑冴え渡る瑞々しい草の壁に阻まれ、風は相殺。杖で斬りかかれば、夜種の腕を召喚して防ぎ、そのまま反撃に転じられる。もうやだ泣きたい召喚士怖い。
バクノートの魔術師が少ないのは、その魔法プロセス自体が他三種と大きく異なるからだと言われる。召喚魔法を扱うには、適性と魔力と、さらにもう一つの才能が必要なのだ。
と言うのも、召喚魔法発動には魔術師と、それに使役される存在と、その間を繋ぐ媒介を必要とするからである。召喚士たちは、大概の場合夜種と、契約を交わし、或いは斃して魔晶石を入手し、魔法を得る。そしてそれを媒介物に登録して使役するのだ。つまり厳密に言えば、彼らは魔法を使っているわけではない。
極端な話媒介と自身さえあれば魔法を発現させられる彼らは、燃費が良く、詠唱が短く、複数の魔法を同時発現させることも容易い。媒介物ひとつにつき魔法ひとつしか登録できないため物理的にも費用的にもかさばるものの、揃えてしまえば攻防回復バフデバフすべてを扱うことが出来る。
故に彼らに必要とされるのは精神力。己が求める対象を探し、見付け、それと契約するという、途方もない労力と時間。体を鍛え、精神を鍛え、知識を蓄え、そこまでの努力をして更に。回りくどいとも言える方法を取ってまで召喚魔法にこだわる、執念とすら言える情熱があって初めて、召喚士を目指すことが出来るのだ。
「“吊舟の草 鳳仙の花 我は継の芽 触るるべからず”」
橙の円が幾重にも重なり私を囲う。わずかにリドが眉をひそめるのが見えた。とても火の魔法を発現させる詠唱には思えなかったからだろう。それとも、陣が完成しているにもかかわらず魔法が発現しないことにだろうか。
悔しいことに、リドは試合開始から一歩も動いていない。枠の縁ギリギリに立ったままだ。あそこから動かさない限り隙は作れない。現状、甚だ遺憾だが私の魔法は彼に届かない。なれば。
なれば、そこから動かさないまま、どうにかするしかない。
向こうが出方を窺っているうちに、前へ出る。柄を握り締め腰を落とし、愚直なまでにまっすぐ、地を蹴る。
「っ、“破鎖 顕現 猟犬”!」
札が一枚、次元の歪みを生み出す。その淵を蹴ってこちらへ飛ぶように駆けてくるのは狼のような夜獣。大きさは軽く私を超えているし、牙や爪なんかはそのままナイフに出来るんじゃないかと思う程大きく、鋭い。
どっ、どっ、と地を揺らすかの勢いで、私が必死に走ったのと同じくらいの距離を高々数歩で詰めたそいつは、その勢いのまま咢を開き、すぐそこまで迫ってきた。正直怖い。ぱくっとひとくちじゃいかないだろうなと思えて余計に怖い。大きいって言ったってあのサイズじゃ頭とか脚とかはみ出るだろうし、そうなると絶対痛い。痛いじゃすまないくらいたぶん痛い。けれど、でも、それは。
その牙が私に届けば、の話。
目前に迫る白き刃に、橙色の光が映り込む。瞬間、空気が怒号をあげた。
爆音。爆風。爆炎。
巨体から発せられた筈の断末魔すら掻き消すそれら。
狼の牙が捕えたのは、私の首でなく先ほど仕掛けた魔法陣。それに触れた瞬間魔法は発現し、すさまじい爆発を引き起こしたのだ。その様は、さながら、熟れた鳳仙花の実の如く。
この魔法は、設置型というか、罠型というか、発動後に何らかの要因が加わって発現するタイプのもので、いまいち使い勝手が悪いからかあまり研究されておらず、今のに限ってはぶっちゃけると私のオリジナル魔法だったりする。
この世界に実から種が弾け飛ぶ系の植物があるのかも実は未確認で、だからたぶんきっとリド含めここに居るほとんどの人には何が起きたのか解らないと思うんだけど、どうだろうか。
まあそんなところはどうでもよくて、こいつをくらった狼君は見事吹っ飛んで、結界に叩きつけられて消滅した。よしよし威力は十分。問題なのは術者にもそれなりの衝撃が来ることだけれど、今は皆飛んで行った狼君に気を取られているのでそれも良しとしよう。
「、くそっ…!」
その間にリドとの距離を詰める。悪態を吐いた彼を中心に札が回る。音も無く滑るそれらを弾き飛ばす勢いで、斬り上げる。キシャン、と、繊細なガラス細工でも割ったような音がして、円環が崩れる。態勢を整える暇など与えずに、石突を水月に叩き込む。
「ぐっ、」
衝撃を逃がそうとしたのか彼は身を捩る。でもできない。何故って彼は結界の縁ギリギリに立っていたから。これはその中のすべてをこれに止め置く、本来ならば捕縛用の結界魔法。さらに言うとさっきの爆発でもぶつかった狼君の衝撃にも揺らがない強固なもの。精々70キロ80キロの圧力が加わったところでびくともしない。
「そこまで!」
審判の号で柄を引く。歪んだ円を取り成していた札が、はたはたと落ちていく。同時に結界も解かれ、ずるりとリドが地に倒れる。呻いたり咳き込んだり苦しそうだけれど、手は貸さない。いくら手抜き厳禁って言ったって、本気であのレベルの夜獣差し向けるような奴に貸してやる手などあるものか。本当に怖かったんだぞ。
駆け寄ってきた医務室のスタッフに後を任せて、私はリドに背を向けた。




