永日の演習 4-2
「そう言ってくれて安心したよ。その上でひとつ、ずうずうしい頼みごとをしてもいいかな。」
「なあに?」
風が草花を揺らし、窓の外を駆け抜けていくのが視界の端に映る。フィーに掛けられたシーツの模様は、もうずいぶんとシンプルなものになっていた。
「フィーとは、まだ、この先も長く付き合っていきたいと思っているんだ。出来ることなら、学園を卒業してからも…もし、君が、嫌でないのなら。」
つい下がりそうになる視線を気合で持ち上げて何とか笑って言う。いやこれ笑えてるんだろうか。たぶん相当情けない顔になっているのだろうけれど、顔を背けてはいけないと思ったから。
フィーは驚いているのか、迷っているのか、ぱしぱしと数度瞬きを繰り返して大きく息を吐いた。
「愚考ね。馬鹿にしないで頂戴。性別が違ったくらいでアンタを見捨てるようなアタシじゃないわよ。」
もっとも、アンタがその性格から偽ってるって言うのなら話は別だけれど。至極当然の様に彼はそう言い切って、挑むようににやりと笑った。
「…気を付けているのは、話し方くらいかな。」
この心の内をどう表現したらいいのだろうか。むず痒いような、それでいて安心したような、でもどこか泣きたくなるような。今度こそはっきりと自分の眉が垂れるのが分かった。
「そう。ならアタシにとっては何の問題も無いわ。残念だったわね。」
「これ以上嬉しいことは、ないよ。」
「お上手だこと。アンタそういう顔もできたのね。」
やっぱり相当情けない顔をしているのだろう。フィーはくすくすと肩を揺らす。居たたまれなくなって退室を告げれば、笑みを含んだままの声で褒めてるのよ、なんて付け足されて。全く信憑性に欠けると思うのですがいかがでしょうか。あれさっきまでのほっこりした雰囲気どこ行った。
「もう第三試合が始まっているから、回復に専念した方がいいよ。」
わしわしと頭をかいてそれだけ言って、じゃあと個室を出る。扉を閉めようと振り返りかけた視界に、まだ半笑いの顔でひらひらと手を振るフィーが見えて、慌てて後ろ手にぴしゃりと閉じた。なんだか顔を覆ってうずくまりたい衝動に駆られた。が、何とか耐えて医務室を出る。
試合中にもかかわらず静かなもので、時折人の声が聞こえる程度。あの魔法は本当に何もかもを遮断しているのだと実感する。枠の外に居る人は無音でテレビを見ている感じなのだろうか。見てて楽しいのかな。娯楽を提供しているわけではなのだけれど。
それでも試合中だとはっきりわかるのは、ガラスのはめられていない窓枠からふわふわと、さらさらと、マナが絶えず流れ込んできているからだ。ああ、であれば審判は枠内のマナの状態から勝敗を決定しているのだろうか。
そもそも、マナというのは。原子中の一括り、というのが一番近いだろうか。空気中に、生体中に、物体の中に、この世界中に遍く存在している、エネルギーを発生させることが出来るごくごく小さな粒の事を指す。
マナを二つに分けると、マナ以外の原子と結合することで安定して存在し続けるものと、空中に漂い或いは水中に溶け込み世界中を漂う不安定なものがある。生き物に対するマナ適性や属性、魔力の高低というのは、このうち結合マナが第一に関係してくるのだ。
まず、マナ適性というのは、生体内に存在する結合マナの量によって決定する。目や体毛の色素とマナが相性がいいのか、肌や筋組織の色素と相性が悪いのか、それは判っていないのだが、最も結合マナの濃度が高いのが虹彩で、次いで髪、眉やまつ毛、以下体毛、となっている。そうなると全部第一属性、体内で最も濃度の高い結合マナの色になりそうなものだけれど、なぜかそうはならず、生命の神秘のひとつとして研究されているのはまた別の話。
属性というのは、つまり、そうした体色として確認できるマナの種類を指す。だから魔力が高ければ、属性でない魔法を使うことも可能なのだ。
では、魔力とは。これは“浮遊マナを引き寄せる能力”のことだ。魔法は、基本的に、浮遊マナを引き寄せ自身の結合マナと繋いで陣を作り、結合マナから流すエネルギーを起爆剤に発動させる。適性の高いマナほど引き寄せやすく、エネルギーのロスが少なく利用できる。魔法発動後、結合マナは体内から消えることはないが、発生させられるエネルギー量が徐々に減っていく。一方浮遊マナは魔法という現象の糧になっているのだろう。魔法を発生させると使用したそれは消えてなくなってしまう。
つまり、マナ適性が高ければ、それだけ多くの浮遊マナを使用できる。魔力が高ければ、それだけ広域の浮遊マナを引き寄せ陣が作れる。このバランスによって学園では能力階級が定められる。とはいえ適性は先天的に決まっているものだから、いくら後から魔力を鍛えても限界があるのだけれど。というところで閑話休題。
今一階は第三試合目、という事は、ルミィの試合はとっくに終わっているのだろう。結果はどうだっただろうか。そういえば自分のことばかりでルカの試合を把握していない。意味も無く歩き回って見つけた休憩用ベンチに座って、総当たり表をなぞる。ええと、ルカルカ…あった。うーん、今は試合中じゃないのか。第二試合…勝ってる、流石。
競技棟という区切られた空間内だからか、浮遊マナが不足しやすく決着も早く着くようだ。私たちの試合もそうだったけれど、大体5分から10分で試合が終わっている。早い階はもう第三試合が終わったようだった。
「なにやってんの、こんなところで。」
振ってきた声に顔を上げれば、ルカだった。
「やあルカ。初戦勝利おめでとう。」
「そっちも勝ったみたいで何より。」
なんだか妙に疲れた声色のルカを疑問に思いつつも、少し左に寄る。空いたスペースに腰を下ろして、やっぱり疲れたように大きく息を吐いた。
「…相手、厄介だった?」
「まさか。」
「の割りには疲れてるね。」
「…あー、」
ベンチの背に凭れかかって溜め息とも返事とも取れない音をこぼしたルカが、それでも何か言おうと視線をこっちに寄越して、
「うわ。」
追いついてきた、と一言。見ているのは明らかに私より後方。はてなと振り向けば、数歩先。そこに立っていたのはルミィだった。しかも、何やら、憤懣やる方ないというか、やけにご立腹の様子で。
「…何したの。」
「鬱陶しかったから放って来た。」
「どういう状況…」
た、た、とゆっくり歩を進めてくるルミィの背後に何か般若的なものが見えるような気がして、思わず背筋が凍る。
「…助けてくれるって、言ったよね。」
「僕のできる範囲で、ね。あれは無理。」
「連れ出してくれるだけで良かったのに…!」
「結果として抜け出せたんだから良かったんじゃない?そもそも嫌がる状況じゃないと思うんだけど。」
「普通のご令嬢ならね!そうだろうさ!」
どうやら彼女の目に私は映っていないようだ。言葉の剛速球がすれすれを飛んで行くよ…こわ…というか本当に状況が解らないんだけどもどっちか説明してくれたりしないだろうか。
「私は!ああいうの!嫌なの!」
「だったらそうはっきり言えば?」
「言ってる!断ってる!聞いてくれない!」
「ルミィ、ルミィ、ストップ。一旦落ち着こう。クールダウンクールダウン。」
さすがに雲行きが怪しすぎるので割って入る。そこでようやく私の存在に気付いたのか、今にも角が生えそうな表情だったのが崩れて一転、今にも泣き出しそうな顔になって。
「ハルドぉ…」
うわーん、と泣きついてきたルミィをよしよしと慰めて、ルカにもう少し寄ってもらって、話を聞いたところによると。
イメラとの試合はルミィの勝利でほっとしたのもつかの間、試合終了と同時になぜかイメラ、リド、キラザ、ヴェルの出会いイベント(恋愛イベント第一弾)が一斉に始まりそうになり、ルカに助けを求めたものの見捨てられ、どうにかこうにか抜け出してきたとのこと。なにそれ怖い。
「ひどい目にあったね、かわいそうに…」
「解ってくれるのはハルドだけだよ…」
「なにこれ。ねえちょっと離れてくれる?」




