永日の演習 4
「この程度なら少し横になって休めば十分回復できますね。」
競技棟一階の大半を占める、医務室。室、とは言うもののその中に診察室や個室も多くあるため、正確に言うならば医療区画、だろうか。誰に訊いても医務室だと言うから私もそう呼んでいるのだけれど。
「ありがとうございます。」
柔和な笑みで診察を終えたクラヴィアの青年にお礼を言って、指定された番号の個室までフィーを支えて歩く。
ここのベッドはゲームでも回復ポイントだったのだけれど、寝れば全回復、というわけではなく、休んだ時間によって回復量が変化するという仕様だった。有料の回復薬と、MPを消費する回復魔法(使えるのはゲーム中ではフィーのみ)と、無料だけれど時間を消費する医務室のベッド。この三つをうまく使ってステータスを管理していく。とはいえレベルアップでステータスが全回復されるので、ベッドを使用する機会はあまりなかったように思う。
「143番…ここか。」
受け取った札をドアにかざすとカチャリと小さな音がする。そのまま取っ手を握ってスライドさせれば音も無く滑らかにドアは開いた。
「ありがと。」
個室の中は簡素で、ベッドと椅子、サイドテーブルがあるくらい。まあここは本当に回復の為だけの場所だしなぁと思っているうちに、フィーはもそもそとベッドに潜り込んでいた。
彼が体の位置を整えて一息つくと、真っ白だったシーツカバーにほわりと、淡い山吹の複雑な模様が描き上がる。回復開始の合図だ。
「…少しやりすぎたみたいだね、辛いだろう?」
全回復までの時間を表すそれを指先で撫で、呟く。この模様は時間経過で消えていき、すべて消えると全快というわけだ。
「アンタのそういう言い方ずるいわよ。ええ、正直立っているのも辛かったですとも。」
言わせないで頂戴、と溜め息を吐くフィーに苦笑で返す。
「それは失礼。何か飲み物でも持ってこようか。」
「いらないわ。診察前に飲んだので十分。」
そう、とフィーに返してベッドサイドの椅子に座る。
「試合中に言ったこと、今訊いてもいい?」
微かにフィー眉が寄る。しばらく無言が流れて、フィーはもぞりと向こうへ寝返りをうった。
「…そのままの意味よ。」
視線どころか顔色も分からないまま、ぽつりと彼はそれだけを言う。うん解らん。
「もう少し具体的に言おう。私はあの時、ええと何と言ったか…とにかく、ルミィが好きなら直接ルミィにかかわる時間を増やせと言いたかったんだ。それは伝わってる?」
「伝わってるわ。」
「ルミィ関連で、エザフォスティマやディアイスヒスから邪魔をするなと牽制をかけられた。」
「…それは、知らなかった。」
「だろうね。フィーが更衣室を出て行った後のことだから。それを引き合いに出したのは判断ミスだった。だからね、簡潔に言うよ。私はルミィに対して恋愛感情は持っていない。この先も持たないと断言できる。だから、そのことでフィーからも敵意を持たれたり、牽制されたりするのが嫌だった。この先も恋敵のような扱いをフィーからされるのは堪ったものじゃないと思った。だからああ言った。フィーは、君はどう思って、私に答えたんだい?」
返ってきたのは、無言。あちゃあ、これも間違いだったかな。
フィーとは長い付き合いだけれど、この反応は初めてのような気がする。思ってること全てとはいかないけれど、こちらが素直に問えば何かしら応えてくれていた。言いたくなければそう伝えてくれていた。
それすらないという事は、それほど応えたくないことなのだろうか。
「アタシは、」
ひどく、弱弱しい声。どんな顔でフィーがそれを絞り出したのか、私には想像もつかない。
「…ルミィを好きにならないって、どうして断言できるの。」
これは、はぐらかされたのだろうか。それとも、フィーの中で答えを出すために必要な問いなのだろうか。だとすれば、さて、どこまで説明したものか…身分についてはあまり広げない方がいいだろうけれど、この先も長く付き合うと思えば、うーん、男女間の友情については賛否あるけれど、とはいえここで誤魔化しても関係は悪化するだろうし。
「…フィー、私はね、実は女なんだ。」
「、はぁ??!」
ばっ、と。シーツを撥ね除ける勢いでこちらへ向き直ったフィー。そのまま掴みかかってきそうなのを何とかなだめて、シーツをかけ直す。
「どういうことなの、何言ってるの、そんな都合のいい事、」
「落ち着いて…って言うのは難しいか。これ、何か分かる?」
フィーにチョーカーを外して見せる。あ、実習着襟元詰まってるから見辛いか。前の釦を外して襟をくいと引く。
「…なによそれ。」
怪訝そうに眼を眇めるけれども、フィーは何かに思い当たったのかはっと息を呑んだ。
「待って、二重陣…?どこかの文献で…適性を封印して余剰魔力をこっちの術式の循環に使ってる…?となるとあそこまでが封印の陣で、残ったのは…変化?違うわね、もっと上位の…転換?まさか、嘘でしょう…?」
そっと伸ばされたフィーの手を彼の好きにさせる。つつ、と首筋をなぞられるのはちょっとくすぐったかった。
「…本物ね。本当に…これいつから…?どうして…」
「詳しいところは私の一存では話せないんだ。転換魔法を受けたのは学園に入る前だよ。」
「ルミィはこのこと、」
「それが、彼女がずっと抱えていた私に対する誤解の元だったんだ。話し合ったって言うのは、そのこと。」
「だから、あの距離感…」
放心したように、ほとんど囁くようにフィーはそう言って、指が離れていく。やっぱり近いのかな。女子同士って結構普通に抱き着いたり手つないだりするけど…あれ、もしかしてこの認識自体ずれてる?
「そう。そういう…ことか。」
引き戻した手でそのまま目元を覆って、彼は深く深く息を吐いた。納得できたかな。
「…アタシ、は…アタシは、振り向いて欲しい子には直接そうやって関わってるつもりよ。それに相手は気付いていないようだったけれど…アンタから直にそう言われて、ついカッとなったの。ごめんなさい。アンタを恋敵と思った事なんて無いわ。」
手を退けたフィーは苦笑する。という事はあれか、私が勝手に勘違いしたパターンですかこれうわぁ恥ずかしい!
「いや、私こそ見当違いの非難だったんだね、申し訳ない。不快な思いをさせた。」
「アタシも間が悪かったのね。王子様たちからそんな事言われてる中でアタシがあんな態度取ったら勘違いもするわ。」
今度は私が目元を覆って息を吐く。
「…恋敵なんて思ったこともないし、これから先、思うことも無いわ…絶対に。」
そう言ったフィーの顔は、だからその時の私には見えようも無かったのだ。




