永日の演習 3-2
落ち着いて今の言動を振り返ろう。いや待ってとりあえず試合を終わらせた方がいいのかこの場合?
「フィー、」
なんと言うのが最善なのか、判らないまま名前だけが零れ落ちた。それに大げなさまでに肩を跳ねさせた彼は、どうやら私が次の言葉を吟味する時間を与えてはくれないようで。
「“切り裂け、切り裂け、切り裂け”!」
び、び、び、と光線が奔る。ああもうくっそ、やっぱ早いとこ試合終わらせないとどうにもできないか!
迫り来るそれらをひたすら躱す、躱す、躱す。下手に杖で弾こうとして熔かされたらたまったもんじゃない。
「“風の加護 我が脚と成れ”」
地を蹴る。跳ねるように進む。距離を詰め、得物を振るう。杖を扱う右肩を狙ってまず一突き。半身を引き躱されたそれを引き戻す反動でさらに一歩詰める。右の脇腹。フィーはバックステップで躱す。逃がさない。
左足元、右肘、右足元。回避し切れず彼は跳ねて逃れる。その足元から掬い上げるように一閃。ガァン、と木と金属のぶつかる音。
膠着は一瞬にも満たない。すぐさま逸らされようとする軌道を抗うこと無く受け入れる。弾かれた勢いを遠心力に変えくるりと反転。石突が彼の顔面を掠めるのを視界の端にとらえ、出来るだけ長く柄を持ち直して、今まさに地に付こうとしている足元を払う。どうにか身を捩り、軌道の外へ着地しようとするけれど、遅い。
「“風の瞬き 葛葉翻す車風”」
空色に輝く小さな渦巻き模様。けれどそこから放たれる空気の塊は弾丸の如き回転を纏って、フィーの腹部に直撃した。
「、ぐっ、」
うめき声は風の音にかき消され、相殺しようとしたのか、わずかにその唇が動く。させるか。
「“車風”」
ダメ押しともう一発。土煙を巻き上げ、もはや爆風と呼べるんじゃないだろうかと思えるそれを受けたフィーはあえなく吹っ飛ぶ。それでも彼はどうにか体制を整えようとしているのだろう。ど、だんっ、と地面を弾く音がして、晴れた視界に映ったのは、試合用の円陣結界枠ギリギリで、荒い息を吐き出しながらも立ち上がるフィーの姿だった。
とはいえ相当な衝撃だったのだろう。膝は震え、腹部に当てた左手はきつく握りしめられている。立っているので精一杯、というところだろうか…ちょっとやりすぎたかな。
と思った私が甘かったようだ。声は届かないものの、フィーが何事か呟く。でぇえいさすが男の子!タフだね!
「そこまで!」
応戦しようと踏み出した左足をどうにか引き止める。と同時に、フィーの周りを弱弱しく光りながら漂っていた山吹の粒が霧散する。
「勝者、ハルド・ファエラ!」
宣言と共に結界が解かれる。無意識のうちに詰めていた息が腹の底から出て行く。疲れた。ものすごく疲れた。途方もないほどの疲労を感じているのは私だけではなかったようで、どさりと聞こえた方を見やればフィーが座り込んでいた。
「フィー、お疲れ。」
慌てて駆け寄って手を差し出すと、彼は視線を泳がせて右手を握り込んで、応えることは無かった。あれ、ダメかなこれ。嫌味っぽかったかな。
「…アンタ、アタシが何言ったのか解ってるの?」
逸らされた視線のままぽつりと落とされた言葉に首を傾げる。
「実のところよく解っていない。どうにも勘違いがあるようだし…少し話をしよう。時間はある?」
何にせよまずは医務室だけれど、と言いながら、立ち上がるフィーの邪魔にならないよう半歩下がる。
「…次は第五試合よ。」
「それは良かった。私は第六試合だから余裕がある…肩貸そうか?」
「いらな、」
「おっと。」
一歩踏み出そうとしたフィーの体が傾ぐ。まあそうなるだろうなぁとは思っていたので、すかさず彼を支える。けれど、うーん、どうにもお気に召さなかったようだ。
「ほんと嫌になるわ…」
「こう言っては余計に怒らせるだろうけれど、そもそも回復支援職に戦闘スキルは求められないのだから、その中でここまで応戦できる方が珍しい。」
「…解ってるわよ。解ってるけれど…そういう事じゃない…」
私の肩に寄りかかったまま、フィーは深く深く溜め息を吐く。プライドとかそういう話かなぁ…男の子ってその辺の考え方がいまいち解らない…いや女心なら解るかって訊かれてもそれはそれで解んないんだけども。
「…もういいわ。医務室まで運んで頂戴。」
「仰せのままに。」
諦めたように体の力を抜いたフィーに肩を竦めてみせて、ひょいと彼を抱え上げた。
フィー:165㎝ ハルド:175㎝ くらいで設定しています。




