永日の演習 3
「それではこれより第一試合、フィー・レッダ対ハルド・ファエラを開始する!双方、礼!」
丸く区切られた枠の外から、審判が声を張り上げる。この枠は遮断の陣。この中で発生させた何もかもが、この線を超えることが出来ないように張られる、強固な魔法だ。
「フィー・レッダ、真名を以て全力を尽くします。」
「ハルド・ファエラ、真名を以て全力を尽くします。」
互いに礼をとる。試合前の作法のようなものだ。
「構え!」
フィーは体の前で杖を構え、私も長杖を構える。ぴんと空気が張り詰める。どう仕掛けようか。どのみち全部消されるだろうけど、より時間を稼ぐにはどう繋げるのが良いだろうか。
「始め!」
ひゅ、と息を吸い込む。風マナを誘い寄せる。言葉を紡ぐ。
「“風の腕 往く道拓け 遮ぐ敵掃え”」
私を要に成す扇状陣を、空色のひかりが彩る。空気が身をよじり轟と吠えてフィーへ迫る。
「“渾ては絶海の不知火の如く。消えよ。”」
すいと一振り。添えられたわずかな言葉で繋がれた山吹の台形の陣が、いとも容易く猛る風を鎮める。
「“風の腕双つ 手に手に刃 断ち切れ災禍”」
名残の風が巻き上げた砂塵の収まらない内に、二重円の陣を描く。それらは甲高く笑い声をあげて走り行く。後に付いてフィーとの距離を詰める。
「“消えよ”」
たった一言。やはり台形の陣が風を鎮める。同じ魔法を連続で使用する場合は、呪文を全て唱えなくてもいい。とはいえ私が放った魔法はさっきのより上位のなんだけどな!
「“炎の瞬き 刹那の其は花にも似る”」
杖を薙ぐ。小さな円が鎖状に連なり、フィーを囲う。
「“爆ぜよ”!」
どどどどっ、と、打ち上げ花火の様に。連続して爆炎が巻き起こる。
「“天の嘆き、或いは慈悲。恵みと称して希う。”」
朗々と声が上る。雲もないのに雨が降る。上顎を舌が弾く。そもそも相性が悪すぎるんだ!光と闇の適性がある時点でほとんどすべての魔法を打ち消すことが出来るってのに、私の文字通り高火力魔法は水で消される。なんだこの無理ゲー!
大前提として、治療特化のクラヴィアは、対象への同調が第一に求められる。そこから、対象の生命力を底上げしたり、毒素を中和させたり、原因に働きかけたりして治療を行う。つまりは魔法干渉や相殺特化とも言えるのだ。非戦闘員と軽んじられやすいクラヴィアだが、上位階級ともなればこうして傷一つ負うこと無く敵を無力化できる恐ろしい集団だということが広く知られていないだけで。敵対することがほとんどないからそんなことが言えるのだ。
もうもうと立ち籠める水蒸気に隠れるようにして、フィーの背後に回り込む。杖を今一度握りしめ、態勢を低く保ち、鋭く吐く息と共に地を蹴る。瓢、と空を裂く音すら響かせて突きつけたそれは、しかし間一髪半身を捩り避けられる。一瞬、水蒸気が流れ去り視線が合う。彼の瞳には何とも表しがたい怒気に似たものが映り込んでいた。怒りたいのはこっちの方だよ!
出した杖を引き戻すことなく握り返して薙ぎ払うと、それは難なく躱され、フィーは数歩下がる。間合いの外だ。
パルチザン、というものをご存じだろうか。三角形に広がる穂先と、その根元に付いた左右対称の突起が特徴で、突くことも切ることもできる槍である。私の杖は、それだ。
もちろん純正の槍ではない。穂先に刃は付いていないし、突起は透かし彫りを施して装飾を取り付けて杖の体を成している。そうでなくとも魔法特化といえば聞こえはいいが魔法以外の攻撃手段に劣るグラーアルが、まさかそれを使って物理攻撃をかましてくるなんてふつう思わないだろう。だからこそ私は槍術棒術を習っているのだけれど、今こうしてさしたる動揺も無く躱されているのは、その練習相手がフィーだからである。
身から出た錆ってこういうことか!はっはっはっはー笑えない!!
「君が何にそこまで憤っているのか、私にはおおよその見当しかつかないのだけれど。」
火球を放つ。じゅっと音を立てる間もなくかき消される。
「…あらそう。」
距離を詰める。突く。一度、二度、三度。躱され、弾かれ、去なされる。
「それでなくとも、あちらこちらから馬を嗾けられてうんざりしているんだ。道を塞ぐつもりなんてこれっぽっちも無いというのに。」
「どうかしらね。“切り裂け闇を。届け大地へ。”」
び、と光線が奔る。細くまっすぐな焦げ跡ができる。誰だよレーザー光線なんてフィーに教えた奴!私だよ!
「貴方にその気が無くてもそう見えるのは事実でしょう?」
「だからと言って私に当たられても迷惑だ。私を蹴落として何になる?」
自分で思っていたよりも低い声が出た。フィーはそれに臆するでもなく、苛立たし気に眉をひそめる。
「…なんですって?」
「牽制だと言うのならあまりにもお粗末だ。嫉妬なんて言おうものなら幼稚が過ぎて笑えもしない。」
ねちねちこそこそしないだけ女性間よりはましかもしれないけれど、お門違いにもほどがある…とは言い切れない状況であることは自覚しているので、というかルカに痛感させられたので強く主張はしないけれど、だからって甘んじて受け入れなきゃいけないなんて道理は無いはずだ。
「振り向いて欲しいのなら直接アプローチをかけることに時間を使ったらどうだい?」
まあルミィも大概鈍感無自覚だから苦労しているのだろうけど!だからって!こっちくんな!というかフィーは何年一緒に居ると思ってんの?恋は盲目って?元々の私の性格まで判らなくなってるって?
「…だから、」
そこまで言って、何かに耐えるようにフィーは目をきつく瞑る。
「だから、アンタに言ってるんじゃない!」
…はい?
え?何?なんで“だから”?どこから繋がって“だから”?




