薄明の談論 2
相変わらずじとりとこちらを睨め付けるその目は、けれどさっきのような底冷えするような冴えた色ではなく。そのことに少し安堵してふ、と息を吐く。
その頃には、マイラから伝言を受け取ったメイアがルカの部屋に軽食片手に訪ねてきていて、マイラの淹れてくれた紅茶と合わせて重めのアフタヌーンティのような、簡素な夕餉のような準備が整えられていた。
「ええと、どう話そうかな。」
セットを終えメイアとマイラがそれぞれ傍に控えたところで遮音の帳を下ろし、ふむと唇に右手を当てる。
「ひとまず、ルミィ・エディスとの関係。転換とマナ適性封印の事は知ってるんだよね?」
「うん…んん?いや、そういえば適性封印の話はしてないや。刻印見て解ってた…のかな、あれ、抑制って言ってたっけ。」
「…はぁ?」
なにそれ信じらんない、と呆れたようにルカが溜め息を吐く。おう幸せ一つ目。
「なんでそこ曖昧なの。」
「いやぁ、私が女だって解ってもらえれば十分だったから。そこまで気が回らなかったんだよ。」
「どういう状況なのそれ。」
うーん、本当にこれどうやって説明しよう。真名に誓ったから、廻ってルミィを傷付けるような言い方はできないししたくない。とはいえあんまりぼかしてもわざわざ時間とって話し合う意味がなくなるし。
「…ルカは、私を陥れたり、しないよね。」
「…馬鹿にしてるなら、怒るよ。」
「そうだよね。だから、私の大切な人にひどい事言ったりしないよね。」
「何の確認?」
「うん、どこから切り出そうかなと思って。私ね、」
前世の記憶があるんだ。そう言った声は震えていなかっただろうか。ルカは最大級に呆れた顔になって、けれどすぐに何か考えるように目を伏せて、わずかに眉を寄せ唇に手を当てた。思考回路フル回転のポーズだ。私もさっきこんな顔をしていたのだろうか。とりあえず一蹴されなくて良かった。
意識して息を吐いて、紅茶を一口。柔らかい香りとすっきりした苦味がどこか緑茶を思い出させるこれは私のお気に入りだ。ルカはこれがあまりお気に召さないらしく、現にそのカップを満たす色は私のこれより数段濃い褐色をしている。
二つ置かれた小さめのハイティスタンド。こちら側のそれには淡い色彩の食べ物たち。小ぶりのスコーンにレモンカード、白桃のジャム。クルミのキャラメルタルトにギモーヴ、キュウリとマスタードのサンドイッチ。その中でフランボワーズのムースがその圧倒的色彩美を誇っている。対して向こう側は生命感にあふれた装い。宝石の如くナパージュされたフレッシュなイチゴのカスタードタルト、パプリカや人参のサラダが挟まれたサンドイッチ、ごろごろベーコンの入ったミニトマトとブロッコリーのキッシュはどう見たって食べづらそうだけれど、きっとルカなら平気な顔で平らげるのだろう。それでもスコーンのお供はやっぱりレモンカードで、これは変わらないなと笑みがこぼれる。
「…双子の悪いところは、相方が何を思っているのか、ほとんど正確に判ることだと思う。」
ルカの言葉に視線を向けると、ルカもまた、私のスタンドを見ていた。
「悪いところ?」
「…そう。同じ時間を共有する割合が高いからってだけじゃなくて、双子の間にある繋がりみたいなもの。」
「…ルカは、迷惑?」
あんまり苦々しく言うものだから、思わず口を突いて出た言葉。それにルカは溜め息を吐いて、まさにそれだよ、と眉根を寄せた。
「ほとんど正確。でもやっぱり違うんだよ。ルナはたぶん今、僕が、煩わしいとか、面倒だって思ってるって判った。」
「そうだね。」
「で、それは僕がその繋がりに対してそう思ったって判断したわけだ。だから迷惑なのかって訊いた。」
「…違うの?」
「違わない。でも全てじゃない。」
ルカが三つ目の幸せを逃がして、サンドイッチに手をのばす。なんとなく私もサンドイッチを手に取って、一口。酸味の効いたマスタードは、小さいころの私が屋敷の料理人に駄々をこねて作ってもらったものだ。どこかで見た“マスタードのピクルス”にあこがれていた当時の私が、初めてウインナーに添えられたそれを舐めて一言、もっと酸っぱいのがいい!と即行厨房まで駆け込んだのは正直忘れたい。それ前世の漫画の話やで私。
「マスタード初めて食べて時の事思い出してるでしょ。」
サンドイッチを食べ終えたルカが言う。
「うん。すごいね、よく解った。」
「…でも、ルナがそれを思い出して何を今思ってるのか、判らない。」
紅茶に砂糖をひと匙。混ぜながらルカは言う。
「昔は、もうちょっと色々解った。でも、ルナがハルドになって、魔術園に入って、だんだん、判らないことが増えていった。共有する時間が減って、ルナは今までと全然違う方を見ていて、なのにルナは距離感変わらないし。僕のことは大体全部把握できてますって顔で。」
言わなくても伝わるから。相方が何を考えているのか大体わかるから。いらない先回りをして、起こす必要のないすれ違いを、起こしていたと。だから、双子の悪いところだと言ったのだと。
「ルナが前世のことを言わなかったのは、僕が信じないと思ったから?知らせなくてもいい事だと判断したから?」
「…わざわざ、騒ぎ立てることじゃないなと思ったから、かな。」
「それを今言うのは、ルミィ・エディスがその前世に関わっているから?」
「…信じて、くれるんだ?」
悪戯にカップの中を波立たせて、ルカは四つ目の幸せを逃がした。この子ら遮音の帳に引っ掛かってくれないかななんて頭の隅で思った。
「信じられる訳ないでしょ。納得はしたけど。」
呆れとも諦めとも取れる顔で、紅茶を一口。キッシュを手元の小皿にとって、で、前世とエディスの関係は?とルカは促した。そっかぁ、納得してくれたのか。きっとそれはルカにとって、理解の範疇を超えた事象に対しての、最大限の歩み寄りなのだろう。認めて、受け入れてくれたのだ。
「…うん。ええとね、前の私と前のルミィは全く何の接点も無かったんだけれど、同じ時代に同じ国で生活していて、そこには、あるお話しが在った。この世界に似た、ルミィが主役のお話。」
手の届く範囲の幸せはみんな逃がしてしまったのか、ルカは溜め息すら吐かなかった。
「…解ってて言うよ。もっとましな言い訳は無かったの。」
「言いくるめて騙すんなら、もうちょっとそれらしいのが言えたんだけどね。」
天を仰ぐ勢いのルカに、脱力した笑みで返す。現実は小説よりもとはよく言ったものだよ全く。




