世界の事情‐1
エディス家は、辛うじて男爵の位に引っ掛かっているような貧乏貴族。長子であるルミィは、それでも幸せに過ごしていた。
ところが、9歳の誕生日を迎えたその日、両親からとんでもない事を伝えられる。
ーーとある子爵家から婚約の申し込みがあった。とても断れる状況ではないーー
相手は10歳上の、しかもあまり良い話を聞かない好色家だという…そんなのは絶対にイヤ!
「それなら、中央魔術園に入る!」
在所中はそう簡単に接触もしてこられないだろうし、何より上位で園を卒業出来れば、今より高い爵位を賜ることもある。そうすれば、こちらから婚約を破棄することだって出来るはず…!
ーーこうして始まるのが、アプリゲームが主流になりつつあったあの時代で大ヒットを記録した、携帯ゲーム機用乙女ゲーム“真名を君に”ーー通称、マナキミである。
恋愛育成シュミレーションRPG、という、開発側の“やりたいこと全部詰め込みました”感が透けて見えるこのゲームは、中世ヨーロッパ風な剣と魔法の世界を舞台に繰り広げられる、学園もの。
なかなかに練り込まれた世界観とストーリー、美麗なスチル、フルでは無いものの要所でのボイス、サクサクながらやりこみ甲斐のある育成とバトル、ツッコミ所と好印象を両立させるヒロイン。これらの要素がライト層にもヘビー層にも受けたようで、アニメ化の話も持ち上がったほど。
…それに対して開発陣がまさかの、だが断る!を発動させたというエピソードがあったりもするのだが、それはまた別のお話。
ゲーム自体の大まかな流れとしては、友情イベントの混ぜ込まれた育成パートの後、共通ルートを経て個人ルートに進み、最終的に魔王を倒してエンド。個人ルート後半の怒濤の展開にポカンとするユーザーも少なくはなかったが、まあそれも別のお話。
攻略対象は2週目以降一定ステータスで解放される人物を含め8人。エンドは各対象ノーマル、トゥルーの2つと、友情エンドやバットエンドがいくつか。
…とりあえず今はこんなところで良いだろう。
今大事なのは、この世界のことだ。
この世界…というより、今ルナが暮らしているのは、ゲームの舞台でもある“ティターナ=レスト”という都市。オーストラリア大陸ほどの大きさの、島であるこれひとつがそのまま国だが、国名は無く、だだ“中央大陸”とだけ呼ばれる、男女双つの皇が治めるこの国の中央にある、首都である。
ティターナ=レストを八方から囲うように都市があり、これら9都市を合わせて“皇都”と呼ぶ。さらにこの皇都を中心に大陸を8等分するように領に分けられており、それぞれの領の境界に広い街道が敷かれていて、街道の果て、海に接するそこには双皇直轄の港町がある。
ーーおおよそこれがこの国のすべてである。
ティターナ=レストの周八都を治める、双皇の血を引く8つの家を皇族と呼ぶ。地位は双皇に次ぎ、最初に双皇から魔力を授かった事から、始まりの八家とも呼ばれる。
そして、皇族に次ぐのが王族。始まりの八家それぞれから命じられ、皇都の周八領を治めているこれらは、まとめて八王家と呼ばれる。立ち位置としては領主、なのだが、何せ治める領が広大なためその役目は国主同然である。
貴族は皇族・王族に仕える臣。基本的に地位は王族の下ではあるが、双皇直属の公爵家2つは皇族同等の地位ともささやかれている。爵位は、上から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵。
そうしてその下に平民があるのが、この国の階級である。
ルナの家、グレイスコール家はこの内の貴族に属する。双皇より地位を賜った公爵家、夜を司る黒き皇に仕える宰相二柱のひとつであるとはいえ、貴族は貴族。一方、喧嘩相手イメラの家、エザフォスティマ家は王族。始まりの八家のうち、地を司るワスティタエリモス家より東南の領地を任された家である。
「…家柄とか、不敬罪とかの話に飛ばないだけ良かった…のかな。」
前世の記憶のせいか、どうにも“貴族”というとそういう貶し合いと言うか…ドロドロじりじりした方向へ考えてしまう。
「まあ、お嬢様、なんてことを仰いますの。旦那様も、エザフォスティマの当主様も、その様に事を荒立てるような方ではございませんよ。」
ふっと遠い目をしたルナを励ますように、あるいは諌めるようにメイアが苦笑して言う。そんな彼女に、いやイメラはゲームの中じゃそんな性格だったんですよと心の中でだけ返して、開けられた食堂の扉をくぐった。