黄昏の小路
「…さて、そろそろ冷えてきたから戻ろうか。寮まで送るよ。」
「え“っ、いえ、一人で大丈夫…いや、うーん…?」
「…あー、もしかしてイベントだった?」
「…うん。」
「…あー…」
びしりと固まるルミィに嫌な予感がして尋ねると案の定。ちょっとの気遣いもイベントフラグ化ってなにそれ恐ろしい…とはいえこのまま一人で返すのも不安。となればここはむしろ、
「でも、実際泣いた後は頭が回らないよね?いくら慣れた道とはいえ、何かあってからでは遅いから送らせて。」
ルミィの手を取って意識的に、ね?と小首を傾げて言ってみたところ、こうかはばつぐんだったらしい。思わず感嘆の声が出るほど真っ赤になって、彼女はこくこくと頷いた。ふむ。なかなか流されやすい性格のご様子。これは確かに独立ルートは難しそうだ。
「じゃあ行こう。荷物はこれで全部?まだ持って帰るものはある?」
ひょいとルミィの鞄を持ち上げて問えば勢いよく無いと答えられ、ひったくる勢いで鞄を取り戻され、そのあまりの必死さにまた笑みがこぼれる。なにこの可愛い生き物。
「うう…ただしイケメンに限るが遺憾無く発揮されている…」
おっと心の声が外に出やすいタイプでもある、と。不本意系巻き込まれヒロインの典型だねこれは。
「そういうのは思うに留めておくことだね。相手が私だから気が緩んでいるなら嬉しい事だけど。」
遮音の帳を取り払い、惑わしの結界を解く。納得いかない、と言わんばかりの顔のルミィを促して、寮へと足を向ける。
「…ハルドの、その言葉のチョイスはなんなの。ストーリーは知らないんだよね?」
「うん?そうだね、これでもファエラの名を背負っているから。振る舞いには気を付けているよ。」
「そうじゃなくて…あ、外だからか…」
「人の声は案外遠くまで運ばれていくから。ここの風は随分仕事熱心だ。」
「…そういうものかなぁ、私はあんまり実感ないけど…」
ジト目を瞬かせて、またゆらりと宙を泳ぐ。瞳はくるくると感情を映し、表情はころころと移り変わっていくというのに騒がしさは無い。見ていて飽きないというか、愛され要素、というのはこういうことなのだろうか。
そんなことを思いながら他愛もない会話を紡ぎつつ歩けば、道のりは驚くほど短く。けれど一人で歩くには長いのだろうなと、明かりのともる煉瓦の建物に消えていくルミィを見送ってぼんやりと思った。戻ろうか、今日の夕食はなんだっただろうか。返した踵と同じようにそんな事へ思考を持っていこうとして、はたと。彼女は、今までずっと一人で夕食を食べていたのだろうかと思い至る。
学園の寮は男女別。夕食は原則全員揃ってとることになっているため、自然と食堂は広い。女性寮は男性寮程の規模がないとはいえ、あれだけの建物の中で、住んでいるのはルミィと、ルミィ付の使用人と、寮の機能を維持するのに必要な最低限の使用人たち。きっと両手で足りる程だろう。
“誰にも言えなくて”
あれは、前世の記憶がとか別の世界がとか、そういった信憑性の話だけでなくて。もしかしたら物理的に人が周りに居ないと、そういう状況であったと、嘆いてもいたのだろうか。
「ルナ、」
反射的に顔を上げる。数歩前に立つ人物はちょうど夕日を背にしていて、黄色混じりの土の色は陽に溶けていくようで、それでいてはっきりとした存在感を示していた。表情が良く見えなくても、その声で誰かなんて解っているのに、どうしてだか、本当にそこに立っているのだろうかと、言い表しようのない不安に似た疑問が脳裏をかすめる。
「ルカ、どうしたの。珍しい呼び方して。」
確かめるように、けれどそれすら恐れるように、ゆっくりとルカとの距離を詰める。
「アイツ、なに。」
ルカの言う“アイツ”が誰だかわからなくて戸惑う。
「なに、って…」
ルカの目はこんなに鋭い色をしていただろうか。
「ないって言ったよね。嘘だったの?」
ルカの声はこんなに冷えた響きをしていただろうか。
「…ごめんルカ、何のことかわからない。」
ルカの思考が掴めないなんてことがあっただろうか。
「へえ、はぐらかすんだ。」
ルカに感情が伝わらないなんてことが、あっただろうか。




