斜陽の対談 4
魔王討伐のメンバーは、そのルートのヒーローと、攻略対象の中から一定以上の好感度がある者のうち高い順に3人。だから、万が一ディンルートに入ってしまった時、好感度が軒並み低ければ。そして、最後の“その時”、ハルドを庇えるだけの力さえ残すことが出来たなら。少なくとも物語が破綻せず、誰も死なせない、それが最良なのではないか。
彼女がその選択に至るまで、いったいどれだけ悩んだのだろう。自分の行動が、廻って誰かの死につながると気付いた時の恐怖はどれほどだっただろう。誰も選ばないことを選択して、意に反する行動をとることが、どんなに心へ負担をかけただろう。
「…ごめん。」
そして、そうしてまで避けて、折って、或いは土台から崩してまで立たせまいとしたフラグが、ふと目を上げたら眼前にはためいていた時の心境たるや。この世の終わりが来たような、あんな反応をするのも無理からぬことだろうと、漠然と思う。
「ごめん。でも、」
そんなつもりは、無かったとして。そんなことは、知らなかったとして。それを言い訳に口に出して、良いのだろうか。
「でも、」
起きてしまったことが、そんなもので変えられるのならいくらでも言う。けれどそうでないのなら、訴えるべきはそれではなく。
「兄様は、ディン・ファエラは、そんなことをする人じゃない。」
私が兄と慕うあの人は。たったひとりで家を守り立つあの人は。少なくともそんな逃げ方をする人ではない。そんな虚構を創らなくとも、自分の求める世界を整えるために必要な知識も実力も、何なら後ろ盾すらあるのだから。
「…うん。私もね、私の知ってるマナキミと、なんか違うなってことは感じてたの。」
だからディンの左目の事を訊いたのだと、ルミィは言う。ゲームでは、というかディンルートの途中でちらっと明かされるのだが、彼の左目は父親に切られたのだという。
「それでどうなったか詳しくは解らないんだけど、画面が爆発したみたいにホワイトアウトして、本編の時間軸だとファエラ家は取り潰しになってるから、たぶん、マナが暴走して、ってことだと思う。」
おそらくはそれがヤンデレ化への切っ掛けであり。そして、魔王とディンが何やら密約しているらしきイベントがあり、いよいよ核心に迫ってきた、というところで、とうとう自分の体の限界が来てしまったのだと。
「だから、詳しいことは本当に解らない。解らないからとにかく何も起こさないようにしようと思って、でも、うまくいかなくて、そしたら、なんか知ってる事とちょっと違って、どうしようかって、誰にも言えなくて、」
浅葱の湖面はゆらりと震え、やがて水があふれ出す。たつたつと彼女の甲をうつそれは、なぜだかひどく澄んで見えた。
「きっとハルドがそう言うならそうなんだと思う。だから、あんなエンドには行かないって思える。でも、どこかで、もしかしたらって思う自分も居て、ごめんね、こんな、泣きたいわけ、じゃ、ないん、だ、けど、」
しゃくりあげ、眉を歪ませながらもどうにか笑って見せようとするルミィをこっちが見ていられなくて。隣に座ってその頭をそっと撫でる。びくりと揺れた肩を抱き寄せて、あやすように背を軽くたたく。ややあって、堰を切ったように吐き出された声はあまりにも苦しげで、遮音の帳を下ろしていてよかったと、ふと思った。
「…真名を交わそう、ルミィ。」
すがりつくように回された手の力も緩み、声も落ち着いた頃を見計らって言う。
「互いを害さず、互いを助け、互いの危機には何を置いても駆けつける。絶対の味方になるよ。」
私は運が良かった。重大な役目も負わされず、重要なポジションにも就かず、理解のある人たちに囲まれて、思うままに振舞えた。もしも、私がルミィの立場であったなら。私はこんなふうに進む道を選べただろうか。選んだ道を、突き進むことが出来ただろうか。理解もなく、賛同も少なく、こんな男だらけの学園でひとりっきりで、これほど頑張れただろうか。
「…だめだよ、そんなこと簡単に言ったら。それにもう誓ってくれたじゃない。私を騙さず傷つけないって。」
泣きはらした目で笑って、こんなふうに言えただろうか。
「…強いね、ルミィは。」
思わずこぼした言葉に彼女は首を振る。
「強く、在りたいだけだよ。意地っ張りなのかも。」
でもハルドがそう言ってくれて嬉しいと思っている、と、ルミィは照れたように額を掻いた。
「うん。だから、これからは仲良くしてくれると嬉しいな。勝手に避けてごめん。」
「いいよ。もともとそのつもりで話しかけたから、こちらこそよろしくお願いします。」
こつりと額を合わせて、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。するとルミィもつられたように笑って、こっちの笑顔の方が断然いいなぁなんて思って、これからに思いを馳せてやっぱり笑った。ざわざわと揺れる木々さえ、笑っているように感じたのだから、たぶん相当浮かれていたのだ。
「…なに、アイツ。」
そんなつぶやきが聞こえないくらいには。




