斜陽の対談
“ この世界の生き物は、まず間違いなく二つに分類することが出来る。日の光を受けて体内のマナが活性化する昼の種族と、月の光を受けて体内のマナが活性化する夜の種族。
私たち人間は昼種であり、だから夜間は扱える魔法の質が下がる。昼行性の生き物の殆どが昼種だ。
対して夜種は、一般的にモンスターと呼ばれるものたち。彼らは総じて日光を嫌うが、だからと言って夜にしか行動できないわけではない。特に獣の形をしたものたちは夜獣と呼ばれ、昼獣を遥かに超える身体能力を持ち、さらに上位夜獣ともなれば魔法を操る個体もあるという。
昼獣の中にもそれに似た外見や能力を持つものがあるが、それらは昼獣と夜獣の間に生まれたものが独自に進化していった結果であるというのが今の通説である。
また、夜種の大きな特徴として、死骸が残りづらいということが挙げられる。絶命と共に肉体が風化したように崩れ去り、石がその場に残るのだ。この石は魔晶石と呼ばれ、その個体の第一属性の色をしている。
魔晶石はマナの塊であり、加工次第で様々な用途があり、重宝されている。だが、全ての個体から魔晶石が得られるわけではなく、さらには極稀に昼獣が魔晶石化したという報告もあり、個体の有するマナ適性の程度に寄るのではないかという仮説が最有力である。”
…なれば、魔王は、どういうケースだったんだろう。ゲームのラスボスであった、夜の魔王。もう名前からして夜種なのは間違いなく、形はヒトに近かった。山羊のような二本の角に、青緑の目。紫の髪に、同じ色の蝙蝠羽。さらに同じ色の、棘の生えた蜥蜴のような蛇のような尾が生えて、脚は獣のようだったから、モンスターっぽいヒトというよりはヒトっぽいモンスターと言った方が近いか。というかよくこんな詳しく覚えているものだ。あとなんか滅茶苦茶荒い口調だった気がする。
まあとにかく、そのラスボス、倒すと崩れ去る。そこまでは良いとして、その後、浅葱色の大きな結晶が残るのだけれど、それも亀裂が入って割れてしまうのだ。あれよあれよという間に結晶は青緑の光の粒になってどこかへと流れ去っていく。
プレイしていた時は、達成感そのままになんて爽やかな演出なんだろうかと感動していたけれど、今になって考えてみるとなかなかレアなケースなんじゃなかろうか。
「ハルド、お待たせ。」
さわさわと生垣の葉を揺らして、山吹が駆けてくる。その様子に読んでいた教本を閉じ、思わずくすりと笑みがこぼれた。
「そこまで急いで来なくても良かったのに。」
髪に葉が付いてる。なんてヒロインらしい登場の仕方だろうと笑みをこらえきれず、緩む頬そのままにそれを取る。途端ルミィは真っ赤になり、だから顔と声…と崩れ落ちる。あ、そうだった私も今攻略対象のポジションだった。ごめんルミィ。そうしてうろうろと彷徨っていたルミィの視線が、私の手元でふと止まる。上位夜獣学の教本だ。
「…夜の魔王の魔晶石は、そういえば砕けてしまったな、と思って。」
だから読んでいたのだ、と軽く教本を持ち上げて言う。ラスボスの名前に反応したのか、赤みの引いた顔で私の正面にきちりと座り直す。
「あ、のさ、防音の結界とか、張れる?」
おずおずと差し出された問に是と応え、言葉を紡ぐ。こういうのは風属性が最も適しているのだ。
「“風よ、その身を屈めておくれ。愛し君とのこの語らい、どうか誰にも聞かれぬように。どうか誰にも、知られぬように。”」
光の輪はガゼボを囲い、ほんの微かな光を保ったままそこに留まり続ける。見えないようにさらに陣を重ねることもできるけれど、惑わしの結界内だからそこまでは必要ないかな。
「…なんという気障ったらしい呪文…」
「え、え、まじか。周りみんなこんな感じだから、これが普通だと…」
世界観に合っていればセーフだよね?ね?!なんで若干目を逸らすのかな?!
「ええと、そうじゃなくて、結界ありがとう。本題に移ろう。」
仕切り直すようにそう言って、鞄から一冊のノートを取り出しルミィが言う。手渡され、促されるままに表紙を開く。
「わぁ、なんと言うか…懐かしいね。」
中身は日本語だった。書かれていたのは、日本で生きていたとある少女の概要。言わずもがなルミィの前の記憶だろう。
小さいころから病気がちだったこと、そのせいで入退院を繰り返していたこと、そんな中で本が唯一の楽しみだったこと。物語の中でなら何だってできた、何にだってなれた。そうしているうちにどっぷり二次元にはまっていたこと、最期にはまったのはマナキミで、ディンのトゥルーエンドを前にしてとうとう病気に負けて死んでしまったこと。
己の死を自覚して、受け入れるというのはどんな気持ちだろう。私も、うん、たぶんきっとアレで死んでしまったのだろうけれど、正直自覚はない。さらに言えばもう記憶の彼方で霞んでるくらい。お気楽脳め。
だからルミィはあんな悲しげに笑ったのだろうか、なんて考えつつページをめくる。見開きで相関図が描かれていた。デフォルメされたキャラ達の傍には、名前と、簡単な特徴。ルカには毒舌、イメラには俺様王子、ハルドはミステリアス。あ、ゲームのハルドってチョーカーしてなかったっけ、そう言えば。キャラ間には線が引かれ、興味、だとか親友、だとか書かれていて。
ふむふむと見ていくうちにたどり着いた左端。兄様のところには、
「…あまりに久しぶりすぎて、読み間違えているのかな。」
「少なくとも私にとっては、それがゲームの設定で、今まで私が信じてきた事実なんだよ。」
ああ見間違いでもなかった。いやでもだって、“ヤンデレ”“黒幕”って、兄様が?嘘でしょ何考えてんのライターさん。しかもハルドに対して“手駒”って何?なんで夜の魔王から“唆す”が繋がって“利用”で返してるの意味わかんない。
「…マナキミ、どこまでやった?」
「どこまで、って…イメラルート一周クリアして、それだけ。」
「ノーマルエンド?」
「…たぶん。人から借りて、ちょっとやっただけだったから…」
呆然と、それだけ返す。とにかく混乱していた。差し出された手に、おとなしくノートを返す。ルミィはパラパラといくらか捲って、それから言った。
「エンディング、どんなだったか覚えてる?」




