宵夜の逡巡
「…はぁ。」
意識して溜め息を吐いてみる。全くひどい誤解もあったものだ…うん、誤解だよね?いくら体が男になったからって、心は女で、しかも女としてのプラスアルファの記憶まであるんだから、体に引っ張られてとか、そんな事は無いよね。うん、ないない。私が気になるのは彼女自身ではなく、その不可解な行動なんだから。
とはいえ、接点がなかったにもかかわらず避けられているというこの状況はあんまり嬉しくない。せっかく同性の友人が得られるかもしれないというのに。何とかならないものかなと考えつつ、私は重い腰を上げた。
仲良くなろうと思うなら、ううむ、まずはやはり挨拶からだろうか。そこからうまく会話を持って行って、最低でも避けられる理由は知りたい。何か知らないうちに無礼を働いていたのだとしたら謝りたいし、そうでないならワンチャンあるかも知れない…生理的に無理と言われてしまえばもうどうしようもないのだけれど。
「メイア、戻ったよ。」
部屋のドアを開ければ、姿勢を正したメイアが迎えてくれる。ジャケットを渡しながらふと思うことがあった。
「そういえば、メイアは年の近い女の子たちとどこかへ出掛けたり、そういうことはあるのかい?」
「そういったこと、ですか。」
この学園はほぼ男子生徒で構成されている。そして卒業生がそのまま教職に就くことも珍しくはない。だから自然と従事者も男が増えていくのだろう。
女生徒を受け入れないわけではないので、女性の従事者が皆無、ということはないのだが、皆揃って年齢が高いのだ。仮にも貴族の集う場だから、間違いがあってはいけないと配慮されている部分もあるのだろうが、なればこそメイアに肩身の狭い思いをさせていたのだろうか。
私でさえ、男ばかり、という環境に辟易していたのだから。
「メイアは偶の休みもグレイスコールの屋敷に戻っているようだし、友人とお茶をしたりだとか。」
「そう、ですね…私はそういったことにあまり頓着しない性質ではありますが、お屋敷には親しい使用人もおりますし、彼女たちとお茶やお菓子を頂くこともございます。学園でも皆様よくして下さっておりますよ。」
「…そう、それならいいんだ。」
「御自身に同性のご友人があれば、とお考えでしょうか?」
やはり急な話題だったのだろうか。私が何か思うところがあってこんな事を訊くのだと、メイアはあっさり気付いていたようで。かなわないなぁと苦笑しつつ頷く。
「どうしてだろうね。今までやっぱり自分の中に余裕が無かったのかな…。」
「であれば、良い兆候ではありませんか。」
ほこほことメイアが笑う。良い兆候、なのかなこれ。半分くらいはいろんな意味での“ヒロイン”に対する興味なんだよなぁ…俗にいうストーリーの強制力なんじゃなかろうか。でもこれどうあっても結ばれないと思うんですけど。
いや一生男の体のままでいるなら可能なのか?少なくとも原作ゲームでは“ハルド”にこんな設定ついていなかったはずだ。いっくら乙女の夢のやりたいこと全部詰め込んだあのゲームでも、こんな花園展開が広げられたりはしない…はず…
制服から着替え、いつものように今日学んだことをざっと見返すためにノートを広げるも、頭の中は別の議題。全く集中できないというこの状況は、うん、傍から見れば確かに恋煩いにも見えるのだろう。
17歳、日本で言えばまだ高校二年生。ギリギリ思春期内だろうし、オトコノコってそういうテンションもう少し先まで引きずってる感あるし。さすがにあんな男子高校生のウェーイな雰囲気がクラスに醸されることはないけれど。
かしかしと前髪を混ぜ、結局流し見したノートを閉じて意識的に息を吐く。それを見たメイアがまたくすりと笑って。
「思うようになさいませ。茶会や夜会のお話は、やはり同じ世代の方が一番よくご存じでしょうから。」
まったくお見通しである。何か目的があって人に近付くのが私にとって一番楽な方法だと、彼女は知っているのだ。
そんなやり取りのあった、翌日のお昼時。カフェテリアにその姿を見つけて、さてどうしたものかと考える。
ううん、ここで声をかけてもいきなりすぎるだろうし、変に目立つだろうか。となればやっぱりクラスメイトとしてじんわり距離を詰めていった方が効果的か。実際のところの“ルミィ・エディス”がどんな人物か、知っている事なんて皆無に等しいのだから。
ルミィ・エディスとよく一緒に行動しているのは、やはりと言うべきかゲームの攻略対象が多い。その中でも親友ポジのフィーとは特に仲が良さそうだ。今だって隣に座って昼食をとっている。その逆隣りに座っているのは、銀の瞳に山吹から青緑のグラデーションの髪を持つ青年…イメラ・エザフォスティマ。もはやパッケージに描かれた姿そのままである。
が、うん?なんかこう、ちょっと印象が幼いよう、な?別に童顔って設定は無かったはずだし、というか童顔は闇属性攻略対象のわんこ系素直君とルカだよね。ルカに関しては私のせいか妙に大人びた雰囲気纏ってしまってあんま童顔っぽく見えないけど。周りの人物のせいだろうか。
イメラの隣は彼の側近とひそかに噂される地属性の攻略対象リド・ディアイスヒス。体育会系爽やかお兄さんタイプ。フィーもいろんな意味でオトナな顔をしているし、んん?
そう考えると、あれ?ヒロインってこんな顔だったっけ?いや、青緑の目に山吹から銀のグラデーションヘアを緩くひとつ三つ編みにしていて、確かにその通りなんだけれど、ほら、ヒロインって大抵ぱっちりくりくりのおめめでほわんとお花が飛び交うような笑顔の似合うオンナノコでしょう?確かにマナキミのヒロインはそんな笑顔でバスタードソード振り回すようなキャラクターだけれども。
はてこの違和感はなんだろうかと首を傾げたところで、ばちっと視線が合う。彼女とではなく、フィーと。あこれアカンやつや。案の定ゆったりと微笑まれる。“なに考えとんじゃワレェ”と聞こえてきそうな素敵な笑みだ。
慌ててこちらも笑み返す。ナンデモナイヨーナニモワルイコトシテナイヨー。少し離れたところに座るルカからものすごく生暖かい視線が贈られてきた。溜め息まで聞こえそうだ。
うん、やっぱりクラスメイト案で行こうそうしよう。
「お帰りなさいませ。」
「うん。ねえメイア、今高学部で噂になってる事とかある?」
「たとえばどのような?」
「見も蓋もなく言ってしまえば色恋沙汰かな。」
その日、授業を終えて部屋に戻ってから尋ねると、メイアは記憶を探るように視線を揺らがせ、わずかに首を傾げた。
「そう言った事は、何も。」
無いのかぁ。となれば、ヒロインは恋愛イベントを起こしていない?“特には”ではなく“何も”と言ったということは本当に何の噂も無いのだろう。けれど人付き合いを避けている様子はなかった。うーん、まあ、全部が全部ストーリー通りに進むわけじゃないだろうから…どう判断したものか。
とりあえず明日は挨拶から始めよう。そう決めてさっさと寝ることにした。




