朝の香り
香りというのは不思議なものだな、と思う。特にこの、朝の紅茶の香りは。
目が覚めて、服を替えて、髪を整えて。ふうと一息、吐くために吸えば必ずこうして何よりも先に朝の挨拶を告げる。用意しているのは二部屋も向こう、もちろんこの部屋の壁が薄いはずもない。食器の触れ合う音や靴音ですら聞こえないというのに、それだけが一足も二足も先にやってくるのだ。
またずいぶんと伸びてしまった髪を右側で緩く結わえる頃には柔らかな足音が聞こえ始め、いくらもしないうちに扉が三回、軽やかにノックされる。
「おはよう。起きてるよ。」
言えば扉が開き、いっそう鮮やかに朝が香る。
「今日は随分と懐かしい香りがするね。」
蒸しタオルを受け取りそう言えば、おっとりとした笑みと共に答えが返ってくる。
「先日奥様から頂いた茶葉ですから。」
ああ通りで、とソファに座りつつ意図せず口元が緩む。オレンジティーの元になるこの茶葉の名前を知ったのはいつだっただろうか。それを飲んでいた頃の記憶ははっきりとあるというのに、まったく人の脳というのはいい加減なものである。
「ハルド様、本日より食事は講堂でお取り下さいませ。」
紅茶を飲み終わる頃にネクタイを差し出され、もうすっかり慣れた手順で結べば、そうか今日からだったと思い出す。
「ありがとうメイア。行ってくるよ。」
立ち上ってベストを着、ジャケットを受け取る。胸章を見れば、ハートを模した模様が空色で染め抜かれ、被せるようにして“J”の文字が刺繍されていた。




