音のないどこかにて
真白の世界。上下左右の区別をつけるものは何もなく、ただこうして立っていられるのだから、この足を支えているのが底面なのだろうと仮定するしかないような、暗闇と大差無い空間。
その中にそれはあった。
白画用紙の上に張り付けた白色の折り紙のような。或いは無理やり輪郭線を引いて形を切り出したかのような。華奢とも儚げとも言えそうで、それでいて不自然なまでに存在感のあるそれは、所謂ガゼボだった。ここは庭園でも公園でもなく、さらにそれには屋根もついていないとはいえ“扉のない鳥かごのような枠の中に、曲線を主としたガーデンチェアにテーブルがある”と言う状態を端的に言い表すには、やっぱりガゼボと言うのが一番いいだろう。
テーブルの天板にはきっと繊細な模様が浮彫にされているようだった。けれどそれもこの影すら白い空間の中では曖昧に滲み、ましてそこにティーセットなどが置かれていては、もはやどこがどの物の境界線なのかわからなくなっている。
そこに座る彼女もまた、どうにかこうにか世界から切り離したように白かった。白銀の髪、白磁の肌、爪や唇がうっすら桃色を帯びているくらいで、その身に纏う衣類も白ければ、瞳さえ乳白色だった。
彼女はそっと手をのばし、ポットを手に取り自らのカップに注ぐ。口から流れ出た琥珀の液体が眩しいほどに色彩を放ち、彼女はほっと息を漏らす。束の間躊躇うような素振りを見せたが、ゆっくりとシュガーポットに手をのばし、ひと掬い、ふた掬い。まるで砂糖で紅茶の色が淡くなってしまうことを恐れるかのように、くるくるくるくる、混ぜて混ぜてその液面が凪いだのをしっかり見届けてから、口に含む。
途端に広がる香りと甘みに目を細め、ゆっくりと飲み込んでからほうと息を吐く。カップを置いてからミルクピッチャーに指を這わせしばらく逡巡していたが、はたと何かに気付いたように顔を上げた。
そのまますうっと視線を巡らせれば、それを追うように石畳が向こうへ向こうへ縁取られていき、やがて人影に行き当たる。
それは色彩に溢れていた。
急く様子もなくそれでいて軽やかに歩を進める彼女は、夜明けを写し取ったかのような髪を持ち、だからその眼はきっと太陽と月なのだろう。頬や唇は瑞々しく赤みが差し、その身に纏う厚みのあるセピアのコートには金糸で植物のモチーフが縫い取られている。一定の感覚できゃらり、きゃらりと笑い声を響かせるのはイエロートーンの宝飾品たち。
「やあ、随分良くなったみたいで何より。」
朱と山吹をゆるりと細めて、彼女は笑う。
「ええ、どうにか…」
ミルキーホワイトを伏せ、彼女は笑む。
それを受け、勝手知ったる様子で彼女は椅子に座り、ポットから紅茶を注ぐ。ひとくちふたくち飲み込んで、うん、と頷いた。
「おいしい。これなら大丈夫そうだね。次の分岐点まで8年くらいあるから、それまでゆっくりしてるといいよ。」
「これで…良かったのでしょうか…」
「そうだね、現状で出来る最上位の手は打ったから、何とかなると思うよ。」
「…あの子は泣いていました。どうか神様、と。あの子は問うていました、ねえ神様、と。」
「貴女は神じゃない。」
「けれど、その声を受け止めるのは、私の役目です。」
「じゃあ、貴女に何かできた?」
「…何も…私には、維持するのが精一杯で…」
「そうだね。だから私が来た。どうにか整頓するのが私の役目だから、貴女は維持に全力を尽くしてくれればいい。」
「…はい。」
「ま、きちんと整った後は貴女の好きなようにすればいいよ。それでまた片付けられなくなったら私の先祖か子孫が来て整頓していくからさ。」
「…はい。」
「できて時の浅いうちはそれだけで散らかりやすいから、こういうのはよくある事だし。基盤がちゃんと維持されていればそれだけ整えやすいから、貴女の選択は間違ってないよ。」
「…ありがとう、ございます。」
「ん。じゃそろそろ戻るね。ちょくちょく私か相棒が顔出すけど、今度はお菓子があるともっといいかな。」
彼女は席を立つ。枠の外まで歩み出ると、振り返ってひらりと手を振る。おずおずと座ったまま彼女が返せば、にっこりと笑った。
「よろしく頼むよ。世界の管理者さん。」
きゃらりと琥珀の笑い声を響かせ、彼女の姿は溶けて消えた。
「どうか、世観の方、お願いします…」
彼女の声は白亜の中に吸い込まれていった。
活動記録におまけがあります。若干裏設定のネタバレあり。




