手紙と語らい
“敬愛なるイメラ・エザフォスティマ様。
先日はあのようなお見舞いの品を下さり、有難う存じます。ルナも少し頂いたのですが、何とも不思議な味がしました。ディンはいたく気に入っている様子でした。
本来ならばそのディン本人よりお礼状を差し上げるべきではあるのですが、お伝えしたいことがあり、わがままを言ってルナよりお手紙差し上げました。ご容赦くださいませ。
ルナは、これより10年間シエラテンプス領へ移ることとなりました。かの風の領で数年保養した後、ウェントサネモスに連なる家が開いている学び舎へ通う予定になっています。ルナの第一属性は風ですので、それが良いだろうとのことです。
せっかく中央魔術園へ誘っていただいたのに、ごめんなさい。イメラ様と同じ場所で学ぶことが出来たなら、きっと充実したものになったのだろうと思います。素質があるなら学ぶべき、と言う言葉はルナに広い視界を与えてくれました。この力を抑えるためでなく使うために何かしようと思えたのはそのおかげです。
いけませんね、お手紙に慣れていないことがきっと伝わってしまっている事でしょう。伝えたいのは、もっと別のことなのですけれど、きれいに言葉にまとめることができそうにありません。
私と仲良くしてくれてありがとう。私に大切なことを思い出させてくれてありがとう。手紙はこれで最後にします。きっと寂しくなってしまうから。男同士であれば、もう少し何か違っていたのでしょうか。勝手でごめんなさい。けれど今、私はこの状況を、良かったと思えます。後悔が無いわけではありませんが、こうして自分の身の振り方を自分で決められるということを嬉しく思っています。
長くなってしまって申し訳ありません。イメラ様の健康と成功をお祈り申し上げ、結びといたします。
かけがえのない時間を、ありがとう。
ルナ・グレイスコール“
「これでいい、かな…」
せめて鉛筆で下書きがしたかった…いくら文面が予め作ってあったとしても、気づいたら違うことを書いていて頭を抱えること5枚分。何とか許容の範囲内に収まってくれた2枚を封筒に入れ、恐る恐る蝋で封をして、メイアに託す。
「最後の辺りは作法を外れてしまっていますが…良い出来だと思いますよ。」
「…うん、あの辺りは、どうしても“私”って書きたかったから…」
「ごく個人的な事柄であればそれでもかまいません。届くまでの距離もほとんどありませんから。」
言外に含まれるものに、苦い顔。悪用を防ぐために、手紙でははっきりと誰が思っていることなのか、誰に宛てた言葉なのかがわかるように一人称二人称ではなく呼ばれ名を書くのがルールなのだそうだ。そのせいで何度文面ボツくらったか…論文かよ…
「では、お時間までゆっくり休んでいてくださいね。」
ぐたりと物書き机に倒れ掛かる私を咎めるでなく、くすくすと笑ってメイアが部屋を出る。うーともんーともつかない籠った音でそれに返して、一息。
入所の許可が出たのが一昨日、昨日朝にルナ・グレイスコールの処遇について説明され、お昼近くにはイメラからお見舞いの品が届いた。何でも体内の血と魔力の巡りをよくしてくれるというお茶で、物としては漢方に近い感じだったのだけれど、味はハーブとかお花とかそういったようなものに近かった。まずいわけじゃないけれど、健康のために飲むものだな、と言う味と言えばニュアンスは伝わるだろうか。兄様は気に入ったみたいだったけれど。
それで思いついて、イメラに手紙を書きたいと言えば、メイア監修の文面作成作業になり…メイアがこの単語を選んだ心情を述べよとか言い出さなくて本当に良かったと思う。前世の話なんですけど、なんて言えやしないし。
とまあそんなこんなで半日かかり、やっと本書だと思っていたその日の夕食時に、
「ルナ、明日の午後に転換魔法を行う手筈を整えたから準備をしておきなさい。」
と、父様が爽やかに仰った。その良すぎる手際に、もしかしてこういう事態まで見越していたんじゃないだろうかとやっと思い当たったり。組み替えた体に慣れるためにも、転換は早い方がいいのだそうだ。体の出来上がっていない子供のうちならばさほど違和感はないだろうけれど、男性としての振る舞いを覚えるためにも、とのことで。
つまり、この体とはしばらくお別れ…いや、女に戻ったとしても約10年後だから、その時にはもう全然違う体になっているのだろうけれど。とはいえ、不安はあまりない。なんて言っても、私の感覚からすればつい数日前に転生と言う壮絶な変化を経験しているわけだから。解って望んで変わるのだから、なんとでもなろうよというのが心境だったりするのだ。イメラともっとちゃんと話が出来たらよかったかなと、それがすこし、心残りと言えばそうなる。
そうして今は昼食も終え、どうにかこうにか手紙も書き終え、いよいよその時を待つばかり。準備をしておくように、というのは心構えと着るものの事だったようで。あとは部屋の家具とか。着るものはメイアに頼んで、というかすでに母様がノリノリで新しいのをオーダーしていた。サイズはほら、ルカと同じでしょ?と。もうソウデスネーとしか言えなかった。
「ルナ、居る?」
とんとんとん、と軽い音の後にルカの声。
「居るよ。どうぞ。」
「…ん。」
マイラは居なかった。珍しいな、と思っていたら一人で来たと言う。
「どうしたの?」
「なんとなく。もう、明日からその顔見られないのかと思って。」
「…あ、そっか、えっと、相談なしに決めてごめんね。」
机から起き上がって、ソファに座る。何を言うでもなくルカが隣に座る。
「別にいいよ。どうせ止められなかっただろうし。」
「ええ?」
「ルナそういうとこかなり頑固だよ。あの時も、ルカと不仲になる!って言った次の瞬間から態度変わったし。」
「ああ…うん、あれは悪かったと思ってるよ…あれも、ごめん。」
「それももう解決したでしょ。」
「…そうだね。」
視線は合わなかった。お互い違うところを見るともなしに見ていて、でもきっと心は同じだった。
「よかったんじゃない?だいぶ前、言ってたでしょ。」
「何かあったっけ?」
「“その服わたしも着たい”」
あまりに似せる気のない言い方なのに、声は似ているのだから笑える。
「あっはは、そんなことも言ってたね。わぁい念願の男の子服だ。」
「…喋り方、」
「うん?」
「その方がいいよ、なんか、無理してない感じがして。」
「え、あ、うん、ありがとう?」
「ん。それに、男として振舞うんなら、なおさらじゃない。」
「ええ?いや、それは駄目じゃないかな…ほら、目指すべきは父様みたいな。」
「それはそれでなんか嫌なんだけど。」
「なんでさ。」
く、と喉を鳴らしてルカが笑ったのが分かった。私も今きっと、同じ顔をしている。
それほど不安はないはずだった。あんまり、緊張もしていないと思っていた。けれど、首元のリボンを解いたような、ベストのボタンを外したような、どことなくすっと息が通る感じがして。見抜かれていたんだなぁとちょっと悔しいような気にもなった。なんとなく、ありがとうと言うのが躊躇われて、こつりとルカに凭れかかってみる。やっぱりルカは解ってるようにひとつ笑った。




