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攻略対象の事情。  作者: 冬晶
ハルディナ・グレイスコールという少女
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梨ゼリーと2色のスプーン

 

「そこまで覚悟があるのなら、魔術園への入所を許可しよう。」


 ぱっと視線を父様に戻せば、いつもの父親の顔で笑っていて。


「ほ、んとう、ですか…?」


 思わず聞き返せば、父様はちょっと困ったように笑みを変えてから、本当だよ、と言う。


「意地の悪いいい方ばかりしたね。ルナがどこまで考えているのか、きちんと知りたかったから。」


 安堵に深く息を吐く。だからって仕事対応しないでほしかったな…普通の子どもだったら泣き出してたよ…いや、貴族ってこんなもんなんかな…

 緊張の糸が緩んで、あらぬ方向へ流れていきそうになる思考が、父様の、けれど、と言う声に引き戻される。


「だからと言って、グレイスコールからルナを送り出すわけにはいかないんだ。入所にあたって、ひとつ、条件を出させてもらうよ。」


 そう言いながらも父様はスプーンを手に取る。うん?食べてもいいのかな。ぜひとも食べたいけれども。恐る恐る私もスプーンを持ち、梨ゼリーの掘削にかかる。

 この世界のゼラチンは前の私の知るゼラチンと少し違うようで。く、と力をかければいくらか沈み、けれどもある程度を超えるとするりと割れるのだ。その感覚は寒天と言っていい程なのだが、口に含めば滑らかにほどける。ちらっと聞いたことのあるアガーというものなのだろうか。ゼラチンと寒天の良いとこ取りの凝固物質だと友人は言っていたような。

 そう思いながら、一口。飲み込めばつるりと喉を滑り、梨と糖蜜の甘みを引き連れて去っていく。香りが少し遅れてゆわりと追いかけて、けれど決してくどく後を引かない。さすがうちの料理人すごい。


「ルナは転換魔法、というものを知っているかな。」


 こくりと喉が鳴るのを見届けてから、父様が問う。いいえ、と応えルカを見ても、同じようなきょとん顔がこちらを見返しているだけだった。転換、何かを置き換える魔法だろうか。変換でなく?ゲームには出てこなかった…少なくとも私の記憶にはない魔法だ。


「簡単に言えばね、ある物を別の物にする魔法だよ。」


 スプーンをフォークに、鉄を金に、炭をダイヤモンドに。物質を組み替えたり置き換えたりする魔法を、ひっくるめてそう呼ぶのだそうだ。両手を合わせてバシンな某金髪兄弟が脳裏を過ぎったけれど、たぶん間違っていないと思う。

 例えばこんな風に、と父様は持っていたスプーンを緩やかに振ると、歌うように唱える。


「“我は思う。これは永く曇らぬ輝き。人の絶えてなお向こう、気高く変わらずある光。”」


 ぽ、ぽ、ぽ、と声に誘われるように銀と茶の欠片が集まり、淡い光を放ち、陣を描く。ほわ、とその繋がったすべてが光ると、スプーンは父様が持っている所から、包み紙でも剥がすように徐々に透明になって。ほんの数秒も経たないうちに金属だったそれはクリスタル製になっていた。


「これは置き換えの魔法だから、もうこれを元に戻すことはできないけれど、組み換えの魔法であれば元の状態に戻すこともできる。形や材質は限られてくるけれどね。その組み換えの魔法の中に、人の体に作用するものがあるんだ。」

「エルド様、それは…!」


 使用人経由で手元にやってきた元金属のスプーンを矯めつ眇めつゼリーをつついてみたりして。口当たりは金属よりよっぽどいいな、なんて思っていたところに思わぬ単語を聞いて。兄様が思わず、と身を乗り出していて。はてどういうことだろうとルカと顔を合わせて。母様は相変わらずゆったりと梨のゼリーを楽しんでいて。


「…人に、作用する魔法は、よくない魔法なのですか?」


 兄様の顔色が、病み上がりと言うだけではなく悪いような気がして、そう問う。案の定兄様は苦虫を噛み潰したような、渋い顔をして父様を見遣る。父様はそっと笑んで先を促す。


「禁呪に指定されている。本人の意思は関係なく、その体を作り変える魔法だから…。」


 まったくの別人に変えられる訳ではないけれど、と兄様は語尾を濁した。んん、ものすごく高度な変装、と考えていいのだろうか。少し違う気もするけれど、つまりは出身ではなくて出自を変えてしまおうと。


「それでは、私は、ルナでもグレイスコールでもない、誰かに成るのですか?」


 ことりと首を傾げて問えば、しかし否と返ってくる。


「この世界のどんな魔法を使っても、そのものの真名…本質を変えることはできない。できるのは新しく加えることだけだ。」


 兄様はそう言って、けれど私が、よくわからない、と言わんばかりの顔をしていたことに気付いたのだろう。しばらく言葉を探すようにうろうろと視線を彷徨わせていた。けれどもうまい言い方が見付からなかったのか、そっと父様を窺う。父様はふむと少し息を吐くと、


「そうだね、上着を一枚羽織るようなものさ。印象が全く変わってしまうけれど、ルナであることは変わらないだろう?」


 ああ、なんとなくわかった気がした。化けの皮(物理)とでも言えばいいのか、あるいは賽子の面がひとつ増えると例えることもできるだろうか。と言うところで梨ゼリー完食。大変美味しゅうございました。そう言えば父様結局一口もゼリー食べられていないけれど、このスプーン返した方がよかっただろうか。時すでに遅しではあるけれど。

 音もなく下げられていく皿たちを視界の端にとらえつつ、父様の次の言葉を待つ。


「では、改めてルナに条件だよ。ファエラの養子息子として中央魔術園へ通うこと。出来るかい?」


 にこりといっそ晴れやかに父様は笑って見せた。




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