家の事情とオレンジティー
「許可はできないわ。」
一刀両断。微塵の迷いもなくばっさりざっくり袈裟懸けに切って捨てられた。
「え、」
いや、うん、あっさりおk!となるとは思ってはいなかったよ、でもさ、ここまで即答なのは予想できなかったかな?!
時は夕食。デザートが出された時を見計らって、私は決意のままに母様へ話を切り出した。中央魔術園へ通いたいと。一呼吸おいて理由を並べようとしたところにこれだ。無慈悲すぎないか母様。8歳の娘に対して無慈悲が過ぎないかこれ。もしやメイア経由で昼間の事の次第が伝わっているのだろうか。それも在り得る。というかあってしかるべきだろう。とはいえこれは。
「あ、あの、母様、私は、何も兄様を言い訳にしようとしているわけでは、」
まったくない、と言い切れないところが情けなくはあるけれど、私なりに考えてのことで、傍から見ればイメラに促されるままの様だろうけれど、そうじゃなくて。何とか話を続けてもらおうと口を開けば、そうではないの、と母様は目を伏せた。
「昼の事はメイアから聞いているわ。それでもルナが考え、決めた事なら母様は応援したい。」
でも、そうではないの、と重ねて母様は言う。
「少し長いお話になるわ。ルカ、貴方にも関係してくることだから、聞いてくれるかしら?」
いやに固い声で問う母様に、ルカと二人顔を見合わせる。なんだろうこの急展開。そうしている間に準備されたのはオレンジティー。ベルガモットじゃなくて、オレンジジュースの紅茶割り、のような飲み物。正式名称が判らないので私はこう呼んでいる。気分をすっきりさせたい時や、喉を労わりたい時によく飲まれている。つまりは、そう言う事で。
互いに頷きあい、姿勢を正す。それを合図にか母様は話し始めた。
「我がグレイスコール公爵家は、宰相家としてこのティターナ・レスト創設から続くとされる貴族の家系です。」
これは知っているわね、そう言われはいと返す。特権階級の中でもさらに特権階級として王族同等の地位にあるのだということは皇館に通う前にメイアから教わっている。まあ、今となってはゲーム知識もあって割と把握できている…と思う。
「では、公爵家が俗に公爵双家と呼ばれるのは何故かしら?ルカ。」
「はい、公爵家はグレイスコールともうひとつ、ピンクドラウト家があるからです。」
「そうね。この双家の成り立ちはいろいろとあるけれど、それが今現在まで続いている理由はわかるかしら?」
そう言って母様はオレンジティーを一口含む。名指しで訊かれなかったということは、相談してもいいのだろうか。そう思ったのはやっぱりルカも同じだったらしく、まったく同じタイミングでお互いの顔を見合わせる。一拍おいて、ふむと僅かに首を傾げる。
「…その方が都合がいいから?」
「なんで都合がいいのさ。」
「柱が二本あると安定する、から。」
「…ああ、なるほど、つまりはこの状況。」
「あ、確かに。相談もできるね。」
よしよしと頷きあう。なんだか久しぶりの感覚だ。どうしてだか嬉しくなってふふと息が漏れる。ルカは片眉を少しだけ上げて、ふっと笑った。そのタイミングでことりと母様がカップを置く。
「…そうね。貴方たちの考え方は素晴らしいわ。けれど、それだけではないの。その根底にあるのは権力の分散よ。」
広い国土に、その性質から一定数以上増えることのない皇族。当然手が回らない。8家直々に力を与え周領を治めさせたとして、統括する中央にも手は必要。とはいえ皇族ばかりで占めてしまえば、民衆からあまりに切り離されてしまう。かといって力は無暗に与え渡せるものではない。そこで初代双皇は己に最も性質の似た者を民衆の中から選び、それぞれ昼の赤、夜の黒を混ぜたという。そうして灰と桃の双家が創られたのだと。
「以来グレイスコールとピンクドラウトはお互い支え合うように、牽制し合うように、同じだけの権力を保ち続けてきました。何かあったときに、どちらかの都合だけで中央の統制が傾かないように。」
天秤とか、シーソーとか、そんな感じだろうか。うん、いよいよ雲行きが怪しくなってきた。母様、貴女の娘は貴女の思っているより賢くないですよ、そっち方面は特に明るくないですよ、それ以上難しい話は理解が追いつきませんよ…と念を送ってみるものの、残念ながら私にはまだテレパシーは使えないようだった。
「ピンクドラウトの前当主様が亡くなられたのは、つい半年前のこと。原因は覚えているかしら?ルナ。」
「は、い、ご病気だったと聞いております。」
「その通りよ。元々お体を患っていらっしゃる方だったけれど…それでもあまりに突然のことだったわ。」
今のピンクドラウト家の状況は、と問われたルカは淀み無くはいと返す。
「嫡男であったイルデア様が当主となり家を治めています。しかし、継承に十分な準備がされておらず、半年たちようやく落ち着きが見えてきたと、父様から伺いました。」
「ええ。そして奥様との間にお子は生まれていない。ご懐妊の知らせも受けていないわ。」
対してこちらは子が二人。しかも男女の双子。両親親族にその気がなくとも、その政治的な価値は相当なものなのだろう。これではパワーバランスも何もあったもんじゃない、と。どうにか現状を理解したところで、ルカがはっと息を呑む。
「…まさか、こちら側が裏で手を引いていると…?」
「そう考えている方々もいらっしゃるわ。それほどまでに、天秤の傾きは大きいの。」
母様の瞳に憂いがゆらりと見て取れた。