仲直りと提案
「…そういえば、大怪我を負ったというのは?」
ルナでないならば誰が、と首を傾げるイメラに一瞬身が竦むものの、深く息を吐いてから答える。
「ディン兄様が、私を庇って。」
「…そう、だったのか。お加減は…あまり、良くなさそうだな。」
「傷跡が、たくさん残るって。」
いやあ困った、と笑って見せる。けれどやっぱり、平然とした態度には見えなかったのだろう。イメラは痛ましげに眉を顰め、それから何か思案するようにしばらく視線を泳がせた。
どうしたのだろうと思いつつ、紅茶を一口。よく考えたら8歳児に紅茶ってどうなんだろう。日本でいう緑茶だと思えば別に変なもんでもない、のか。もう飲みなれてしまったし美味しいし全く問題はないのだけれど。…ああそうやってまた現実逃避。
「なあ、中央魔術園へ入る気はないか?」
唐突なその提案に、カップを片手に、首を傾げる。
「今言う事かとは思ったが…いや、今だからこそかもしれない。それだけのマナ適性を持っているのなら、相応の技術を学ぶべきじゃないだろうか。」
「…でも、あそこは、」
「女性がほとんど居ないということは聞いている。だが、国内随一の学術教所だ。教師か…もしかしたら生徒の中にファエラ殿の傷跡を治せる人が居るかもしれない。」
「…あ。」
ふっと脳裏に浮かぶ人物が一人。
中央魔術園、正式名称皇立第一操己魔師育成学術教所。この国に最初にできた全寮制の学術教所、つまりは学校で、当初は年齢も身分も関係なく学徒を受け入れていたらしいけれど、紆余曲折あって現在では10歳以上の貴族・王族の子が学ぶことのできる場所になっている。卒業後は皇館や周八都の都主館へ仕える者が多く、所謂エリート官僚養成校と言って差し支えない。故に、通うのは各家嫡子を中心に男児ばかり。女児が通えないわけではないが、そんな中に入るなんて、それどんな乙ゲー。
そう、乙ゲー。マナキミの舞台である。つまりは攻略対象たちもそこに通うということで。彼らは攻略対象らしく皆例外なくハイスペックで、そしてキャラが被らないように特化している方面がある。その中に、癒術特化のクラヴィアの魔術師が居るのだ。二週目以降の追加攻略キャラではあるが、そんなことは私には関係ない。何も結婚を迫ろうって訳じゃないのだから。
「兄様を、治してもらえる…」
「かもしれない、だが…一度、考えてみてはどうだろう。もしそうなったら、おれも手助けしてやれる。」
「…うん、父様と母様に相談してみます。ありがとう、イメラ様。」
心の暗雲に、光が差し込むのを感じた。私にできることがある。兄様に償うことができる。それがここまで嬉しく、安堵できるものだとは思っていなかった。
また改めてお見舞いの品を贈るというイメラに丁寧にお礼をして、玄関まで見送る。いつ呼んだのか、待機していた館の馬車が彼を乗せ、門へと去っていくのを眺めながらこれからどう動くべきか考える。普通に、中央魔術園に通いたいと言って許してくれるだろうか。けれど、それらしい理由を並べたところで、それが母様に通じるとも思えない。
「あいつ、帰った?」
「…その言い方はどうなの。」
「別に、家の中で言う分には問題ないでしょ。」
とりあえず一度部屋に戻ろうと踵を返せば、ひょっこりとルカが現れてそう言う。重ねて、追い返せばよかったのになんて言い出すものだから、呆れるやら驚くやらである。
「わざわざ謝りに来てくれたんだよ。まあ、確かに不作法だったかもしれないけど…」
「どうせ負い目を感じてでしょ。タイミングがタイミングだったから、ルナの暴走が自分のせいだとでも思ったんじゃない?」
しれっと言うルカに、そんなことは言っていなかったよ、と返せば、へえ、仲直りしたんだ、となぜか面白くなさそうに返される。仲直り、うん、お互いごめんなさいして良いよって言い合えば仲直り完了、でいいのだろう。きっと。たぶん。おそらく。
自信なく頷けば、ふうん、と返される。あれ、いつもなら、なにそれって半笑いで返ってくるんだけど…機嫌悪い?昨日のこと、まだ怒って…いや、どっちかと言うと、上の空?何か別の事を考えてるような。
「…ルカ?」
そっと窺うように話しかければ、ややあってルカが、ぼそりと、
「昨日はごめん。怒鳴ったりして。」
その言葉に目を瞬かせるも、次の瞬間にはへにゃりと頬が緩むのがわかる。
「許してくれた?」
少々の悪戯心が働いてそう聞く。
「…ルナだって混乱してたんだし、仕方ないから許してあげるよ。」
そっか、と緩んだ顔のまま頷いて、なんだか嬉しくなってルカの手を取り歩き出す。8歳だし、双子だし、これくらいのスキンシップはアリだよね、ね。
「ずいぶんご機嫌だね、ルナ。そんなにあいつと仲直りできて嬉しかったの?」
「うーん、それもあるけど、ちょっと思い立ったことがあって。」
「ふうん?」
「中央魔術園に通わせてもらえないかなって。」
「…なんでそうなるの。」
「兄様を治してくれる人を探したいから。」
「不純。」
ざっくり切り込まれ、閉口。やっぱりそんな反応だよね…
「…でも、まあいいんじゃない?ルナ自身がそうしたいって思ったのなら。」
うぐぐと唇を噛む私を見てルカが半笑いで言う。なんだか遊ばれてない?さっきの仕返し?…でも、反対されなくてよかった。母様の前にルカに心折られたらいよいよ言い出せなくなるところだったから。
「…うん。私がどうしても、中央魔術園に通いたいって思ったの。」
不純結構。そもそも貴族の義務とか箔付けのために通うよりよっぽど積極性があっていいんじゃないかな、なんて考えてもみる。それに…うん、よし。今日の夕食の時に母様に相談しよう。
そう決意して、ルカと繋ぐ手にきゅっと力を入れた。