訪問と仲直り
普段、こんなことは滅多にない。前約束もなしに家に直接来るなんて非常識だし、万が一そういう来客があっても家にはあげさせない。ましてや私室に直接案内するなんて、考えられないこと、の、はずだ。メイアがそんな非常識をするだろうか?けれど、私はイメラと会う約束なんてしていないし、メイアの話に適当に相槌を打った覚えもない。
これはどういうことだろうかとメイアを見れば、目があったのは彼女ではなくイメラとで。どことなく居心地悪そうにしていたが、目があった瞬間止める間もなく詰め寄ってきて、
「おい、もう起きていて平気なのか?怪我は?」
さすがにべたべたとあちこち触られこそしなかったものの、それに近い勢いで全身どこかに異常はないかと見まわされ、一通り終わって安心したのかほっと息を吐く。と、そこで自分のしていたことに気付いたのか、途端にバツの悪そうな顔になる。
「あ、その…女性に対する態度ではなかった…すまない。」
「え、っと、思い違いされているようですが…私は全くの無事ですよ、怪我も何も…」
見ている側が逆に冷静になるほど、顔を真っ赤にして狼狽えるイメラに、とりあえず自分の無事を伝えると、彼はきょとんとして、
「そう…なのか?」
曰く、私がマナを暴走させた事態は母様経由ですぐに父様に伝えられ、周辺の家々経由で警安騎士団に伝えられ、皇館内は上から下からの騒ぎになったそうだ。大変申し訳ないことをした。館を飛び交うあれこれを拾い集めたイメラは、どうやら私が大怪我をして意識不明だと勘違いしたらしく、こうしてすっ飛んできたのだと。さすがに昨日のうちに館から出るのは止められていたらしいのだが、周りを半ば無理やり納得させたのだそうだ。
「だが…いや、なんにせよ、約束も取り付けず、ましてや見舞いの品もなく押し入ったのは無礼だった。」
それでも無事でよかったと、笑いかけすらしてくるイメラに、私は動揺を隠せないでいた。どうして、そんなに心配してくれたのだろう。彼にとって私は、減らず口ばかり叩く、生意気で鼻持ちならない存在だったはずなのに。しかも、彼の地雷を踏み抜いて、あれほどまでに怒らせたというのに。
不可解、と前面に押し出したような私に、イメラは怒るでもなく、やっぱりバツの悪そうな顔をして。どうしようと思っていると、いつの間にか居なくなっていたメイアがティーセットの乗ったカートを押して戻ってきた。そのままメイアに促されティーセットを挟んでイメラと向かい合って座ることに。いや、だからなんであなた歓迎ムードなの。私ものすごく混乱しているんだけどねえちょっとメイア?!
困り果ててメイアを見るも、彼女はおっとりと笑うばかり。その笑顔が微妙に生暖かい気がするのは気のせいでしょうかそうであってほしいのですが。
紅茶を一口飲んで表面上は何でもない風を装ってはいるものの、内心大荒れでどう話を切り出したものかと悩みに悩んでいると、同じく紅茶を一口飲んだイメラが先に口を開いた。
「すまなかった。」
え、と声が漏れる。思いもしない謝罪の言葉だった。けれどさすがに、お宅訪問の事ならさっき謝って頂きました、とはボケられなかった。その顔が、声が、とても真剣なものだったから。
「先日、皇館でのことだ…あれは、おれが先にお前に失礼なことを言った。あれくらいの事は、言っても大丈夫だと思っていたんだ…勝手に。」
親しき仲にも礼儀あり、という言葉をあの後みっちり叩き込まれたのだと、イメラは肩を竦める。
「…どうして、」
「おれは、お前の事は…悪くない奴だと思っていたんだ。態度は大きかったし、おれに向かって堂々と意見してくるような女だが…間違ったことは言っていなかったし、そうやって言い合うのも、少し、その…楽しみに、していた。」
他とは違い打てば響く、変に取り繕うこともご機嫌を伺うこともしない、そんな軽口の応酬が心地よかったのだと。
「…だから、あの時、お前が他の奴らと同じことを言って、それに、自分でも解らないくらい、腹が立った。」
これくらいは許されるだろうといつもの調子で言った言葉が、自分の思っていたように受け取られなかったこと。それに狼狽えている所に、思わぬ追撃が入って、ついカッとなったのだと。
「今回の事はおれが勝手に思い込んで、勝手に怒鳴ったんだ。きちんと伝えなければこじれると、言われていたのに、そうしなかったおれの落ち度だ。すまなかった。」
そう言ってイメラは頭を下げる。…頭を下げる?!いやいやいや、ちょっとまって、謝らなきゃいけないのはこっちの方で、なんか変に勘違いさせてたのも私みたいだし、なにより、エザフォスティマの嫡子が、そう簡単に頭を下げてちゃダメでしょう…?!
「あ、頭を上げてください、言っちゃいけないことを言ったのは私です、謝るのは私の方なのに、そんな簡単に頭をさげたらダメです。」
「いや、おれにも非がある以上、謝るのは当然だ。誠意を伝えるためにも、こうするのが一番いい方法だと教わっている。」
一向に体勢は変わらない。何を言ってもオレにも非があるの一点張り。いよいよどうしたらいいのかわからなくなって、すがる思いで今一度メイアを見た。すると彼女は、仕方ないですねと言わんばかりに苦笑して、
「お嬢様、悪いことをしたら?」
「…ごめんなさい。」
幼い子に問うような柔らかい声に、自然とその言葉が出た。ああそうか、これは仲直りの場面なんだ。
「私も、嫌なことを言ってごめんなさい。それなのに、心配してくれてありがとう。」
メイアがよくできましたと言わんばかりに頷いて、やっと顔を上げてくれたイメラと目が合う。お互いちょっとぎこちなく笑みを交わし、けれど、沈むばかりだった気分が少し、上を向いたのが分かった。