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攻略対象の事情。  作者: 冬晶
ハルディナ・グレイスコールという少女
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安堵と憔悴

 

 “手術中”のランプが消えた、その瞬間を待ちわびた人たちは皆こんな気持ちでいたのだろうか。ドアノブが回った瞬間に感じたのは、誤魔化しようのない恐怖。ドアが開いて、それは塗り替えられ不安に。母様の姿を見て、その顔を表情を見て安堵が湧きだし、しかしそれらも、


「まあ、ルナ、ずっとそこに立っていたの?」


 その声ですべて疑念に取って代わられた。不自然。その一言に尽きた。


「疲れてしまっているでしょう?そろそろお昼の頃ではないかしら?」


 あまりに感情の映らない声。憔悴も安堵も達成感も感じられないそれ。まるで不慮の事態に備えて誂えられた台本を読んでいるかのような。つい最近までお手本にして、それを目指して振舞っていたからこそ分かる、貴族の対応。間違ってもこんな場面で実の娘に対する態度ではない。


「母様、」


 こちらが感情を隠さずそう呼べば、一瞬母様の二つの緑が揺らぐ。見間違いかと思う間もなくおっとりとした笑みに変えられたが、それを見ない振りするのは今の私には無理だった。


「母様、兄様は、怪我は、どうなったのですか。」

「…大丈夫。もう大丈夫よ。傷は塞がったわ。命が危ぶまれることもないわ。」


 ただひたすら安心させるように、あるいはどこかへ意識を逸らそうとするように、ゆっくりと母様は私の頭を撫でる。きっと普通の子供ならそれで安心したのだろう。けれど私は母様の思惑に乗ってあげられない。そのことは母様自身がよくわかっているはずなのに、それでもそうしたということは、それはつまり。


「母様、兄様のお顔が見たいのです。」


 入ってもいいでしょうか、と問えば、母様はひとつ大きく息を吸って。力なくそうね、と呟いた。そうしてもう一度、ゆっくりと私の頭を撫でてそっと部屋の中へ促す。

 そこは、私が想像していたものとおおよそ同じだった。記憶の中にあるディン兄様の部屋。落ち着いた色味で統一された調度品、部屋の奥にはベッド。天蓋は下ろされていなかった。だから兄様の姿はすぐに確認できた。


「―――っ!」


 その姿に目を見開く。服は当然着替えさせられており、アカはもう何処にも見つけられない。胸は緩やかに上下して落ち着いた呼吸を視界にも知らせてくれる。けれど、その顔は、半分包帯で隠されていた。


「か、あさま、傷は塞がったって、どうして、」


 呆然と母様を振り返る。母様は痛ましげに顔を曇らせていた。無言のままそっと、兄様に掛けられているシーツを捲る。兄様の両腕にも、包帯が巻かれていた。

 どうして。てっきり傷は治っていると思っていた。だって母様は癒術の得意なクラヴィアの魔術師で、第一属性が木で、癒術特化のヘルバグラスティの出身で、どんな傷でも治せるって、ああ。やっぱりフラグだったじゃないか。


「…ルナ、母様の話を聞いてくれるかしら…?」


 確かに傷はすべて塞がっていると、命に別状がないのは本当だと、母様は私と目線を合わせてそう言う。けれど、塞がっているだけで、今はまだいつ開くとも知れないのだと。母様の力不足ね、と、今にもこぼれそうな涙を湛えて、母様が言う。


「…母様で治せないのなら、きっと、誰にも治せないと、思います。」


 母様は悪くない。きっと全力で治療に当たったのだろう、よく見れば母様の周りに緑の光の欠片が見当たらない。この部屋にも緑は見当たらない。顔色も改めて見れば、御世辞にも良いとは言えない。さっきまで兄様の事ばかりで全く気が回っていなかったのだと気付く。そのうえ感謝と労りの言葉どころか、母様を責めるような事ばかり言って。


「母様、ごめんなさい。兄様を助けてくれて、ありがとうございます。」


 うまく笑えているだろうか。きっと失敗しているのだろう。でなければ母様がますます悲しそうにするわけがないのだから。この行動も間違えてしまったのだろうか。こうするのが一番いいと思ったのだけれど。ルナは本当に聡い子ねと、やっぱり母様は悲しそうだった。


「ルナ、お部屋で何があったのか、母様にお話ししてちょうだい…?」


 それでも、館の女主人として、母親として、毅然と振舞おうとする母様にはいと頷く。すっと動かされた視線を追えば、部屋の隅に控えていた母様付の侍女に当たる。彼女はすっと腰を落とすと、部屋を出ていく。母様はゆっくりと立ち上がり、メイアにルカを呼んでくるようにと指示し、食事の間に移動しましょうと私の手を引く。


「…でも、兄様は、」

「一人にはしないわ。今はゆっくり眠らせてあげましょう、ね?」

「…はい。兄様が目を覚ましたら、教えてくれますか?」

「ええ、もちろん。」


 そうして着いた食事の間には、すでにアフタヌーンティセットが揃えられていて、ルカが一人そわそわと座っていた。私と母様を見たルカはほっと息をついて、けれどやっぱりすぐに不安そうな顔になった。


「…それではルナ、教えてちょうだい。」


 ゆらりとティーカップから湯気が立ち上る。隣からルカの心配そうな視線を感じながら、正面の母様に向けて、口を開いた。



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