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攻略対象の事情。  作者: 冬晶
ハルディナ・グレイスコールという少女
11/83

切欠の話

 

「ディン兄様、お早うございます。」


「ディン兄様、お好きなものはありますか?」


「ディン兄様、ご一緒におやつはいかがですか?」


「ディン兄様、そのお洋服は中央魔術園の制服だと聞きました。兄様は園に通っていらっしゃるのですか?」


「ディン兄様、夜の女神が貴方に安らぎをもたらしますように。」


「ディン兄様、御庭を見に行きませんか?」


「ディン兄様、なんのご本を読んでいるのですか?」


 あれから三日経ち、五日経ち、一週間が経った。毎日兄様を見かけては話しかけているけれど、結果は惨敗。挨拶には視線を寄越すだけ、質問には返答無し、お誘いにはごく短く拒否の返答。さすがに心が折れそうになるけれど、ここまでくれば意地でも話しかけ続けてやろうと、決意も新たに今日も話しかける。


「ディン兄さ、」

「いい加減にしてくれ。」


 返答があった。まずそのことに嬉しくなって、けれど、次いで寄越された視線にたじろぐ。簡単に言えば、にらまれたのだ。


「当主様から言われているからか知らないが、毎日代わる代わる話しかけてこないでくれ。俺だって当主様から程々に相手をしてやるように言われているが、いい加減鬱陶しいんだよ。」


 吐き捨てるように言われた言葉。けれど、その中に引っ掛かるものがあった。


「代わる代わる?ルカも話しかけていたのですか?」

「…お前たち共謀していたんじゃなかったのか。」


 じろり、まさしくそんな風に睨まれたものの、二回目だからそんなに驚かない。それより、ルカが仲良くしようとしていたことが驚きだった。なんだかんだ言って、ルカも兄様が気になってるじゃない。最初からそう言ってくれれば、もっとやりようがあったのになぁ。


「…とにかく、もうこれ以上俺に構うな。当主様には俺から言っておく。いいな。」


 眉根を寄せて、心底嫌そうに、兄様は言う。でも、


「それは駄目だよ。」


 それには頷けない。


「このまま誰とも関わらずにいたら、貴方の心は死んでしまう。例え貴方がそれを良しとしても、私はそれを許さない。」

「何を、」

「ルカも貴方と関わろうとしている。その努力を無駄にすることは許さない。」


 ディン兄様の目を見て、言い切る。


「父様が決めた以上、この家にいる以上、貴方はグレイスコールの一員です。グレイスコールの一員が、死んだように息だけをしているなど、私には耐えられない。ここは“うち”です。ここは世界のどこよりも安全でなければならない。世界のどこよりも安心できる場所でなければならない。何を憂うこともなく夜眠れて、朝起きることに何の疑問も抱かない場所でなければならない。」

「勝手なことを…!そんな場所、あるわけがない!」


 きっと兄様は泣きそうな顔をしていた。でも、今はそんなこと関係ない。これだけは譲ってはならないことだから。これだけはずっと前から、ずっと昔から決めてきたことだから。


「だから今こうして整えているじゃないですか。」


 そう言うと、兄様はなぜか押し黙った。その眼には、わずかに恐怖がちらついている。あれ、変だなぁ。そんなに怖がらなくてもいいのに。仲良くしようよって、伝わってないのかな。


「…兄様にも、そんな場所だって、思ってほしいからこうしているのですよ?」


 ことりと首を傾げれば、どうやらそれは間違った行動だったようで、兄様がぎり、と手を握りしめたのが判った。


「何も知らないくせに…!」


 絞り出されたような声だった。それにまったく恐怖を感じなかったのは、それが紛れもない本心からの言葉だと解ったから。初めて、心を見せてくれたと解ったから。


「では、教えてください。もうしつこく話しかけたりはしません。私は居たいときに兄様の近くに居ますから、兄様が話したくなったら、お話ししてください。」


 ルカにもそう伝えます、そう言ってにっこり笑って見せれば、兄様はひどく驚いたような顔になって、それから、少し泣きそうな顔になって、結局、体ごと顔を背けてしまった。

 ううん、これも間違ったかなぁ?でもこれでだめだったらもう打つ手がないんだけれど…


「…なんなんだ、お前は…」


 どうしようか、と思考をさ迷わせていたところに、ぽつりと、兄様が呟いたのが聞こえた。お前、って、私の事だよね。ということは今、兄様に話しかけられた?


「ルナ・グレイスコールともうします、兄様!」


 つい嬉しくなって、弾んだ声で返す。兄様はもう一度手を固く握って、そのままどこかへ行ってしまったけれど、きっとこれで一歩前進した、と思った。




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