出会いの話
神様、ねえ神様。
もしも本当にいるなら応えてください。
確かに私はいい気になっていました。前世の記憶を思い出してからは、それにかまけて今の自分の問題から目を逸らそうとしていました。
それはそんなにも悪い事でしたか。
天から罰せられるほどの事でしたか。
もしも罪だというのなら、それはもう仕方ありません。
でも、ならば、
それならば、償うのは私でしょう。
罰せられるのは私でしょう。
ディン兄様ではありません。私が償います。
それとも、これこそが私に対する罰なのですか。
ならば確かに、これほど重い罰は無いでしょう。
どうすれば償えますか。見当もつきません。
神様、ねえ神様。応えてください。
ねえ、神様。
――――
――
―
私たちがその人と引き合わされたのは、5歳の頃。その日、仕事帰りの父様にルカとそろって呼ばれた私は、メイアに手を引かれながら父様の書斎へ向かった。
「旦那様、お連れしました。」
そう言ってマイラが開いた扉の先には、いつもの書斎と、父様と母様。そして二人に挟まれるように、その人は立っていた。
「しばらく一緒に暮らすことになったんだ。ルカ、ルナ、挨拶なさい。」
その姿に、目を瞬かせた。
かっちりとした服を着たその体はすらりと細く、なんだか頼りなさそうに見えた。肌がいやに白く、男の子にしては長く伸ばされた深い紫紺の髪が、その白さをいっそ病的なほどに仕立てている。伏せられた目は青緑。それもどんよりと曇っていて、こちらに合わせようともしない。
「…ルカ・グレイスコールともうします。」
「………ルナ・グレイスコールともうします。」
釈然としないながらも、ルカが挨拶をするものだから、私も仕方なく礼をとる。けれど、やっぱりその人はちらともこっちを見ないし、挨拶もしない。
これはどういうことだろう。父様は、一緒に暮らすというけれど、誰なのだろう。まさか隠し子?
ルカと一緒に大量のハテナマークを飛ばしながらじいっとその人を見ていると、観念したのか、
「…ディン。」
ぼそっと、それだけ言った。
なんて失礼な人なんだろう。私たちが、グレイスコール家の長子が挨拶をしているのに、礼もとらずに、目も合わせずに、みょうじも名乗らないなんて!きっとなにかやましいことがあるに違いない。でも、どうして父様は注意しないんだろう。どうして母様はそんなに悲しそうなのだろう。
「この子は、ディン・ファエラ。おうちが壊れてしまってね、お父様もお母様も居なくなってしまったんだ。だから、優しくしてあげなさい。できるね?」
父様はなんだか悲しそうな顔をして、そう言った。そうか、やましいことじゃなくて、かなしいことがあったのね。じゃあ仕方がないか。
「はい、父様!」
「…はい。」
ルカはまだ納得していないみたいだったけれど、私ははっきりと父様に答えた。よく考えれば、お兄ちゃんができたってことでしょう?私、ずっとずっとお兄ちゃんが欲しいなって思っていたから、きっとこれは良いことなんだ。
今日はもう寝なさい、という父様と母様におやすみの挨拶をして、ルカと書斎を出る。
「ルナ、なんでそんなに嬉しそうなの。」
「ええ?ルカは嬉しくないの?お兄ちゃんができたんだよ?」
ルカの顔には、まったく理解できない、とはっきりと書かれていた。あれ、おかしいなぁ、私が嬉しいことはほとんどルカも嬉しいことだと思っていたのだけれど。
「…オニイチャンって、なにそれ。どこで覚えたの。急に兄様とか言われても、なんか変だよ。」
「あれ、どこで聞いたんだろう。じゃあディン兄様、だね!変なのはしかたないよ、かなしいことがあったんだもの。」
「そういう問題じゃないと思うけど。まさか、ルナ、明日からディン兄様、なんて呼ぶつもり?」
「とってもかなしいことがあったら、暗くなってしまうのは当然だよ。ルカは呼ばないの?」
「…呼ばない。」
ルカはぎゅっと眉を寄せた。絶対にイヤ、の顔だ。前に、ルカの着ている服が気になって、貸してって言った時もこんな顔をされたことがある。あと、こっそり人参食べてって言った時も。おんなじ物が嫌いって不便だなぁ。
「あの人が居るから、父様も母様も困ってたじゃないか。」
「そう?父様も母様も悲しそうに見えたよ?」
「…もっと悪いよ。」
どうやらルカにはあの人が父様と母様を困らせてるように見えたみたい。だからあの人が居るのが嫌なんだ。そんなこと無いよって言ったつもりだったけれど、ルカはうえぇって顔になった。…言葉選びを間違えたみたいだ。
「うーん、だって、困ってるのなら私たちには何ができるのかわからないけど、悲しんでいるなら、あの人が笑ったら、きっと悲しくなくなると思って。父様だって、優しくなさいって言ってたでしょう?」
「…わかんない。ルナは父様が言ったら優しくするの?」
「それもあるけど…ルカはもったいないって思わない?」
「モッタイナイ?」
「うん。あの人の目、きらきらしたらすっごくキレイなのになぁって、思わない?」
「はぁ?」
どんよりくもっていた青緑が、キラキラした澄んだいろになったら。きっとどんな海よりもキレイに違いない。それが見てみたいと思ったのだとルカに言えば、全身で、何言ってんだ、と返された。私たちは双子だから、感じるものがまったく違うってことはないと思うのだけれど、あの人に関してはどうも例外続きのようだ。
珍しいこともあるもんだなぁと思っているうちに、部屋に着いていた。ルカはやっぱりまだ納得していない顔だったけれど、父様の決定なんだからどうしようもないって解っているみたいだった。
「…ルナが頑張る分には止めないけど、僕は賛成しないからね。」
「うん、ルカが絶対にイヤって言うなら仕方ないよ。でもたまには一緒にしてね。」
「その時になったら考えてもいいよ。…夜の女神が貴方に安らぎをもたらしますように。」
「ありがと。頂いた安らぎが貴方の元にも届きますように。」
お互いにおやすみの挨拶を交わして、それぞれの部屋に入る。メイアに夜着を着せてもらって、ちょっとだけわくわくしながらベッドに潜り込んだ。