第八十五話 刹那の妹、遥登場!
夏休みが終わり、学校が始まった。
それは、同時に久しぶりに妹と会える日が来たと言うことを意味していた。遥に会うのは久しぶりだから楽しみだなあ。
と、ホームルーム中にそんなこと考えていたらポケットの携帯が震える。取り出すと朱音からのメールだった。なんだ?
すぐに開いてメールを開くと、『遥ちゃんが来たよ by朱音』というメッセージ。え? 本当?
遥に会うの久しぶりだしなあ。ちょっと頬が緩む。
早く学校終わらないかなあ?
「文化祭楽しみだねー」
アルトが本当に楽しみに笑う。と、あれ? いつの間に帰り道、少し浮かれ過ぎてたかなあ?
少し注意しないと。
まあ、話は戻して、そういえばアルトはノエルたちが見にくるんだっけ。
俺も遥が見に来るし、わざわざ見に来てくれる妹のためにも完璧な演技を見せてやろう。
「だね。月狐さんや銀狐さんも来るかな?」
と、舞が空狐に問いかける。空狐はあははと困ったように笑う。
「あー、一応言うだけ言っておきます。でも、兄さんがなあ……」
「あの子、あんたに連絡先おしえてないものねえ」
空狐の頭の上に座るイヴが呆れたように笑う。
ああ、そういえばあいつ、空狐に連絡先教えてないんだっけ。あいつも事情があるからなあ。
「銀狐は任せとけ。俺が連絡する」
まあ、代わりに近況報告がてらに俺が連絡しとくか。
「うん、ありがとう。そういえば刹那くんの妹さんは来るの?」
お、空狐、お前気になるか?
「ああ、遥ならさっき、うちに来たって朱音から連絡があったよ」
「あ、遥おねーちゃんも来てるんだ」
アルトが懐かしげな笑みを浮かべる。
俺も会うのは久しぶりだからなあ。ちゃんと元気にしてくれてればいいんだが。
「そういえば、遥さんってどんな人?」
舞が訪ねる。
「ああ、かわいい妹だよ。両親が早く居なくなった俺にはただ一人の肉親さ」
父さんは物心つく前にいなくなったし、母さんもなあ……
と、そこで、
「お兄ちゃん!」
久しぶりに聞く声。え、これって……
見れば目の前に一人の女の子が立っていた。
見た目の歳は俺よりちょい下に見える十五歳くらいの女の子、背は俺よりもちょっと低くて、すらっとスレンダーな肢体を包むのは昔通っていた学園のセーラー服。
黒いセミロング程度の長さの髪に、宝石のように澄んだ瞳。嬉しそうににっこりと笑う笑顔は昔から変わらず、ほっとする。
遥!
「お兄ちゃん久しぶり! 元気だった? 朱音お姉ちゃんに迷惑かけてない?」
遥が小走りでこっちに近づいて、ぽすんと抱きついてきた。
「遥、久しぶり、家で待ってたんじゃないか?」
久しぶりに会った遥の頭を撫でながら聞くと、えへへへと遥は恥ずかしそうに笑う。
「待ち切れずに迎えに来ちゃった」
くう、嬉しいこと言ってくれるなあ!
「あ、刹那くんその人は」
空狐が問いかける。ああ、紹介しないとな。
「はじめまして。刹那の妹の天野遥です。うちの兄がいつもお世話になっています」
と、思ったら先に俺から離れた遥が頭を下げる。
「あ、いえこちらこそ」
空狐と舞もペコっと頭を下げたのだった。
そして、遥は俺にべったりくっつきながら歩く。
「遥、歩きづらい」
「えー、久しぶりの愛しの妹にそんなこと言う?」
遥が口を尖らせる。ああ、そんな目でみないでくれよ。
「仲がいいね」
苦笑気味に空狐は呟く。
「まあ、私たちも色々あったもんねえ」
と、遥が笑う。
はあ、昔一時期、全然遥が甘えてくれなくてさびしかったなあ……
「そうだな、例えば」
ぼんやりと昔のことを思い出す。
ある寒い日、俺はあったかい鍋を作って遥の帰りを待っていた。
はあ、遅いな遥。
その時、電話がなった。ハイハイ、ちょっと待ってよ。
「はい、天野です」
『あ、兄さん、私。京子のところでご飯食べてくから、私晩御飯いらない』
そして、電話が切れる。
……泣いてないよ? 泣いてなんかいないよ? ただ鍋がしょっぱいなあ。
「ちょっと待ってよ。今のがいい思い出?!」
空狐がすごい形相で突っ込む。なんだ? 今つっこまれること言ったか?
「貴重な遥の思春期の思い出だから大切なんだよ」
と、そこまで言ってくいくいと遥が俺の袖を引っ張る。
「お兄ちゃん恥ずかしいから……」
遥はそう言うけど、止まらんぞ俺は!
「なあ、ウサ吉、カメ公、俺がなにかしたかな? 遥が最近冷たいんだよ」
ちくちくとワタが出てきた二匹を修繕しながら問いかける。
両方とも大切なもの。遥が家族になった時に、俺と母さんがそれぞれ贈ったものだ。
年期が入ったそれは解れた箇所も出てきたから俺が修繕していた。だが、ぼすんと、頭にクッションが叩きつけられる。
「兄さんのミジンコ」
そう言って遥が二匹を抱きかかえる。
「ごめんね? 兄さんすっごくウルサかったでしょ?」
そう二匹に話しかけながら遥は自室に戻る。
はっはっは、別にお礼が欲しくてやってたんじゃないよ。だから平気さ。
「あ、兄さん。言い忘れてたけどありがとう」
それだけ言って襖が閉まる。
ああ、なんだろう。視界が滲むよ。
「僕は心の泉が枯れ果てそうだよ」
空狐が顔を押さえて涙を流す。
そうか、そんなに感動したか。でも、凄まじき戦士にはならないでくれよ。
「まあ、昔の遥は素直になれない子だったんだ」
うんうんと俺が頷いていたら遥はとてもいい笑顔を浮かべていた。
なんだ、やっぱり自慢されて嬉しいか妹よ?
「兄さん……ちょっと反省して」
そう言って遥は俺を遠慮なく全力でぶん殴った。
うむ、妹ながらいいパンチだ。天国の父さん母さん、遥は元気ですよ。
俺の顔を見た空狐が無言のまま引いていったけど、気にしない。
○月×日 晴れ
友達の刹那くんが、妹に殴られてすごく気持ちよさそうな顔をしていました。
特級退魔士と聞いてたからすごい人なんだと少し尊敬してたけど、思っていたよりも色々と駄目な人でした。
これからもちゃんと友達としてやっていけるか、ちょっと心配です。
できたら他の人の所で研修受けたいなあ……
空狐の日記より抜粋
そして、晩御飯。
「お姉ちゃん、サラダちょーだい」
「はい」
久しぶりに我が家に遥がいるということでちょっと豪華な食卓となった。
「はあ、おねえちゃんのご飯、三十年ぶりだよ」
と、嬉しそうに朱音と俺の料理を頬張る遥。
あ、それくらい経つのか。
「ほれ、コロッケ。お前好きだろ?」
「お兄ちゃんのお手製コロッケ! 久しぶりだなあ」
美味しそうに母さん直伝のコロッケを頬張る遥。本当においしそうに食べる姿は作り手には嬉しい。
「えへへ、お兄ちゃんありがとう」
遥がすり寄ってきたから喉元をくすぐってやる。なんかこれが好きらしい。
「仲いいわねあんたら。私には真似できないわ……」
呆れたように美狐が呟く。むう、昔甘えてもらえなかった分を取り返したいだけだぞ俺は?
「だねー」
アルトもそれに同意したのだった。
えっと、そんなにおかしいかな?
鈴:「ようやく遥登場です!」
刹:「いえーい! 遥と会うの久しぶりだぜ!」
鈴:「と言っても狐火に出てくるのは文化祭までだけどな」
刹:「それでも十分! さあて、俺らの兄弟愛を見せつけてやるぜ!」
鈴:「文化祭編、あと数話で突入なんだけどな」
刹:「ん? 何か言ったか?」
鈴:「なんも」
刹:「そうか、よーし、文化祭までに俺と遥の話を五話くらい」
鈴:「却下」
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