第八十四話 美狐さんと刹那くん
美狐さんと舞さんと一緒に天野邸に向かう。
「そうですか、さっきの決闘はそのために」
「ええ、戦ってたら体が妙にうずうずと血が騒いだし。体を動かす毎にはっきりとしてきたわ」
と、美狐さんが話す。ああ、そういう目的だったんだ。
てか、さっきまで戦ってたのにもうそんなに仲良くなれるって、女の子はやっぱりわからん。
「空狐、あんたとうろつき廻っていた時にもね」
僕?
「なんとなく思い出したけど、あんた、うちの兄貴と雰囲気そっくりよ」
「記憶戻ったんですか?!」
お兄さんいたんだ。美狐さんみたいな妹って苦労してんだろうなあ。
そこまで考えてデコピンされた。あいた!
「断片的なのよ。さっきからので思い出したところはいくつかあるけれど、肝心のところはまだ思い出せないわ。あと、あんた今失礼なこと考えたでしょ?」
ああ、そうですか。勘がいいですね。
とぼとぼと歩けばうちが見えてきた。対面の天野邸も十分見える。さて、刹那くんはこの難題を解決してくれるかな?
インターホンを鳴らすとはーいと朱音さんの返事が帰ってきた。
「や、空狐、舞。なにか用?」
朱音さんが家から出てくる。いつも通りの格好に、僅かなバニラビーンズの匂い。もしかしてシュークリームとか作ってたのかな?
そして、朱音さんは美狐さんを見ると目を細めた。
「そちらの方は?」
「あ、この人は」
僕が紹介しようとしてずいっと美狐さんが前に出た。
「玉藻美狐よ。あんたがこいつの言う専門家?」
お互い観察するような視線が絡まる。
「正確にはうちの旦那ね」
不穏な気配が空気を支配する。えっと、どうしたんだろ?
そこでぴぴぴとなにかが鳴る。朱音さんはポケットからキッチンタイマーを取り出す。
ふうと息を吐く。
「とりあえず上がったら。お茶出すわよ?」
僕らの目の前にお茶とシュークリームが並べられる。
「君らはコーヒー派だったわね」
と僕とイヴはコーヒー。
美狐さんはじっとシュークリームを見つめている。なぜかアルトちゃんは美狐さんに懐いて隣に座っている。
「焼き加減は合格、香りもいい。後は味ね……」
「あのね、お姉ちゃんのシュークリームってスッゴく美味しいんだよ!」
アルトちゃんも誇らしげに笑う。
確かに、朱音さんのシュークリームは有名店に見劣りしないくらいすごく美味しいからね。
「まあ、食べながら話しましょうか」
朱音さんの言葉に美狐さんの状況を話す。美狐さんはシュークリームを口に入れて、目を見開く。
「これは! 絶妙の焼き加減のサクサクのシュー生地に材料の持ち味を殺さない絶妙な甘さのとろーりクリーム。適度に作られた空間が軽さを演出して、全てにおいてパーフェクト!!」
うわ、美狐さんべたほめ。
「あんた、なかなかやるわね」
ニヤリとクリームのついた顔で笑う美狐さん。
「恐悦至極」
にやっと笑う朱音さん。なんとなくその笑みを見て、二人は割と似た者同士だと思った。
「で、記憶ねえ。ずいぶん厄介なもんなくしたものね」
朱音さんがずずっと紅茶を飲む。
「そうなのよね。ところで、あんたの旦那、専門家って聞いたけど?」
「ああ、それなら待って。あと十秒」
十秒? なんか前にも似たことあったような……
「三、二、一……」
朱音さんがコーヒーを淹れる。
「朱音、コーヒー」
作業着姿の刹那くんが現れた。
ゴシゴシと目元を拭う刹那くん。その顔や服のあちこちに油汚れ。
「ふあ、腕の回路がうまくいかないなあ……構造から見直すっかなあ?」
そう呟きながら椅子に座って、朱音さんが差し出したコーヒーを飲む。
そして、眠そうに丸まっていた背筋がだんだん伸びていって、ぴんとなる。
「あ、おはよう空狐、そちらのお嬢さんは?」
ひしひしと美狐さんからの、本当に大丈夫か? と言いたげな視線が刺さる。
大丈夫ですよ。多分……
「へえ? 記憶ねえ。ずいぶん厄介な」
「そうよ。自分が記憶を失った状況と場所に、自分が何者だったのかも含めて雲隠れしているのよね」
刹那くんはポリポリ頬をかく。
「じゃあ、朱音よろしく」
そしていきなり朱音さんに丸投げして僕は滑った。
「なんで私よ?」
「お前、記憶逆行の術持ってたろ?」
何気ないその一言に朱音さんはへっ? と首を傾げ、ぽんと手を打った。
「忘れてた」
忘れないでください! 精神関係の術は割と高度なんだから!
ああ、美狐さんの視線がさらに痛く!
「朱音さん、記憶逆行ってなんですか?」
舞さんが手を挙げて尋ねる。
「大まかな範囲の記憶を引っ張り出すものでね。前にド忘れを思い出すために組んだ術があるのよ」
スゴいけど理由がショボい!!
「それで一度幼児退行しちまったんだよなあ」
不用意な発言をした刹那くんが朱音さんに殴り飛ばされる。
幼児退行……大丈夫ですか?
「それは試作品。今は必要な分まで遡れるから」
朱音さんがそういうなら大丈夫かな?
そして、朱音さんは美狐さんの後ろに立ち、両手を美狐さんの頭に触れない程度の空間で構える。
「行くわよ?」
「ええ」
術が発動する。
淡い光が美狐さんの頭を覆う。数秒すると光は消えて朱音さんが手を離す。
「どう? なにか思い出した?」
美狐さんは少しの間動かずに、そして、ぽんと手を叩いた。
「そういえば明日、近場に新しい喫茶店がオープンする予定だった」
その一言に僕ら全員がっくりした。
「他はなにかない?」
「残念だけどないわ」
朱音さんはうーんと唸る。
「術に問題ないはずだけど……聞きにくい体質なのかしら?」
朱音さんがうーんと悩む。
「じゃあ、刹那よろしく」
そして、あっさり刹那くんに譲った。
「オッケー」
そう言って刹那くんが取り出したのは……紐の付いた五円玉?
「まさか催眠術なんて言わないわよね?」
美狐さんが汗を垂らして僕と同じ疑問を問いかける。
「なわけないよ。ただの気分」
なんか安心したよ。
刹那くんは糸を垂らして五円玉を揺らす。そして、空いている左手を翳し、たった一言。
「『思い出せ』」
その場のなにかが変わった訳じゃない。だが『どこかを変えた』それだけは理解できた。
それがなんなのかはわからない。そして、美狐さんは……
「言われただけじゃねえ」
がくっと刹那くんは肩を落とした。
刹那くんと朱音さんが相談し始める。
「術も『言霊』もダメってどうなってんだ?」
「これって彼女自身の法則が……」
「なら、やっぱり四……」
「だとしたら……だけど」
僕の耳でも聞き取りずらい距離と音量で話す二人。
一方の美狐さんは、アルトちゃんにおねだりされて尻尾をもふられていた。
「ふかふかー」
楽しそうに尻尾をもふるアルトちゃん。
美狐さんは少し不機嫌そうに尻尾を動かす。
「くーこくんの尻尾も綺麗だけど、お姉ちゃんの方がきれー」
そりゃあ、男よりは女の方がねえ?
そこで舞さんに肩を叩かれる。
「ねえ、空狐くん。尻尾出して」
はいはい。
舞さんに頼まれて尻尾を出す。すでにもふられることにはなれた。
そして、話が終わったのか刹那くんたちがこっちに来た。
「魔術関係は全部ダメだったということで俺が発明したこの『記憶野復元メット~まさに、眠り姫だ~』を使って、記憶を……」
そう言って刹那くんが取りだしたのは怪しげな機器やコードが大量に取りつけられたヘルメット。それを見た瞬間、全員が動いた。
朱音さんと僕と美狐さんが同時にグーパンチ。
「そんな!」
「怪しげな道具!」
「使うなあああああああ!!」
叩きこまれる拳に刹那くんがひっくり返る。そして、取り落としたヘルメットは、
「やあ!」
舞さんの槍で両断され、
「えい!」
アルトちゃんのハンマーで叩き潰された。あ、アルトちゃんってハンマーなんだ。
刹那くんは残骸の前で号泣していた。
「おおおおおおお、ひでえ、ひでえよお」
発明した本人にしては子を奪われたような感じかもしれんが、すまん。それは信用できん。
朱音さんは咳払いして、
「とりあえず、原因もわかりませんし、暫くはここに滞在していただいて」
「やだ」
即答だった。言葉を途中で止められた朱音さんも呆気に取られる。
「あんた達から不穏な気を感じるからよ」
その言葉にいつの間にか泣きやんだ刹那くんが、じっと美狐さんを見ていた。いつものおちゃらけた感じじゃない。
もしや、今までのは演技か? 美狐さんにキャラを誤魔化すための。
「でも、どうするんですか? 住む場所もお金もありませんよね? 」
「別に良いわよ。どこでだって寝れるし、腹が減ったらトンボや蝶とか虫を食えばいいし、喉が渇いたら公園の水を飲めばいい話よ」
なんつーワイルドな……
「確かに、意外とトンボやミミズとかってうまいしな」
と頷く刹那くん。こらそこの悪食納得すんな。
朱音さんに叩かれる刹那くん。
「でも、お風呂とかどうするの? 原因調べるならここには色々あるか、らいた方がいいと思うよ」
さらに、朱音さんが美狐さんを説得しようとする。
そして、美狐さんはため息をつく。
「わかった。そこまで言うならなら少しの間、ここに居させてもらうわよ」
美狐さんのその返答に朱音さんはにっと笑った。
鈴:「どうも作者です」
刹:「どもー」
鈴:「美狐邂逅編はこれにて終了、次回からは本編に戻ります。にしてももう後二カ月で今年も終わるかあ」
刹:「確か今年中に終わらすって言ってなかったか?」
鈴:「頑張らせていただきます……」
刹:「おうがんばれ」