第八十三話 美狐さんvs舞さん
「くーこくん、なにしてたの?」
「あ、その」
な、なんだこのプレッシャーは? ま、舞さんが放ってるのか?!
ベンチから立ち上がり直立体勢を作る。わからないが、自然と作ってしまった。
「その、この人美狐さんって言ってたまたま知り合って」
「へ~、そうなんだあ」
「そ、その、よくわからないっていうから道案内してて」
「それで? 間接キスするくらい仲がよくなったんだ」
また、一段とプレッシャーが増したよ?!
「だから、その、えっと、妖狐仲間みたいで」
「そーなんだ。同じものだからすぐに仲良くなれるんだ。私人間だからそううのよくわからないんだあ」
関係ない。関係ないよお!! なぜか、周りに人はいなくなって、何人かが遠巻きにこちらを見守っている。なんだその昼ドラに出る噂好きのおばさんのような目は。
目じりに涙を浮かべながら必死に僕は弁明する。
そしたら、視界の片隅で美狐さんがニヤリと妖しい笑みを浮かべる。
「悪いわね。空狐は私の下僕となったのよ。これからもっと遠くに行くとこよ」
沈黙が落ちる。
……なに言ってるんですかあなたはああああああああああ!!
舞さんは少しの間ぽかんとしていてから美狐さんを見る。
「下僕? いったい空狐くんはいつ、あなたの下僕になったんですか?」
「今さっきよ」
美狐さんがさらっと告げる。
い、いや、あの美狐さん? ちょっと雰囲気読んで。なんかどんどん舞さんからどす黒いオーラが立ち上ってるんですが……
「く、空狐くんは誰かの下僕でもなんでもないです! 帰ろう空狐くん!」
舞さんが僕の手を掴もうとして、僕と舞さんの間に割って入った。
「なあにあんた? 別にこいつの彼女でも何でもないんでしょ?」
美狐さんの言葉に舞さんは
「ほ、保護者です!」
と、普段聞かないほど大きな声を上げる。
でも、美狐さんはそんな舞さんの言葉を受け流す。
「へえ、保護者ねえ。保護者程度で割り込むのはどうかと思うわよ?」
更に煽る美狐。舞さんは顔を赤くして、美狐さんに噛みつく。
こんな舞さん見たことない。で、でも、まず僕がするべきなのは……
「あ、あの、二人とも。僕の話を」
「黙れ下僕」
「空狐くんは黙ってて!」
「……はい」
すぐに返された二人の言葉に僕は口を海にした。
「絶対に空狐君をあなたと行かせません。私が連れて帰ります」
「ふうん。だったらどうするわけ?」
舞さんはうっとうなって黙る。口ではたぶん勝てないんだろうなと見てて思った。だって美狐さんはすごくやりてっぽいし。
そして、舞さんは、
「け、決闘です! 私が勝ったら空狐くんは私と帰る。あなたが勝ったら空狐くんを煮るなり焼くなり好きにしてください」
って、えええ? 舞さんなにを言ってるの?!
「乗った」
うおい! 美狐さんも乗らないでください!!
……えっと、僕の意見は、入る余地ないねきっと。
私はムーンライトを口寄せし、マーマードドレスを纏う。
空狐くんのためにも、絶対に負けられない! 負けたくない!
ムーンライトを構える。
「えっと、では……ファイト」
結界と審判両方を担当する空狐くんが号令をかけるとともに、バスターを撃つ。
開幕に全開のバスター。まだバスター以外の魔術は練習中というのもあるけど、でも相手も初手からバスターなら不意を!
だけどあっさり美狐さんは避ける。やっぱり甘く見すぎか。
さらに、アクセルとヘヴィで緩急を付けて撃つ。でも当たらない。なんで掠りもしないの?!
冷静に考えればバスターなんて、普通は当たる状況を作らなければ当たるわけない。
刹那くんに当たったのは単に彼が冷静さを欠いてた状態だっただけ。でも、熱くなった頭は、そんな当たり前のことすら考えられない。
美狐さんは余裕で私のバスターを避け続ける。
「どんなに高威力でも、当たらなきゃ無意味なものね」
「~~っ!」
バカにして!!
普段なら冷静に、軽く流せるはずなのに、舐めきった声色が余計にイラつかせられる。
『マスター! 頭を冷やしてください!』
うるさい! よく狙いもせずにバスターを撃つ。
「へったくそ。これじゃあ歩いてでも避けられそうだわ」
どうすればいい? どうすれば……そうだ!
地面をバスターで撃ち抜く。バスターに仕掛けた『対象物に魔力を纏わせる』力でただの石つぶてよりも強力になっている。
バラバラの散弾が美狐さんに迫る。直撃――
と思ったら、美狐さんの姿が歪曲に揺れてふわりと消えてしまった。
まさか幻術?!
そんな、何時?! いや、それよりも本物は――
直感に従い振り向く。
「残念だったわね」
私の後ろで腕を組み、不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。
この!
『スピアモード』
ムーンライトをスピアモードに変更、先端に魔力刃を発生させて振る。
――けど、美狐さんは既にムーンライトを握る私の腕を捕まえていた。
「派手に舞うわよ」
美狐さんがターンをしながら掴む腕を上に振り上げた。
その瞬間、ぐんと私の視界が跳ね上がりながらぐちゃぐちゃになる。
なんとか体勢を立て直そうとして、一回転を終えた美狐さんに、お姫様抱っこでキャッチされた。
「へぇ、軽いわね。もうちょっと重いと思ってたわよ」
何が起きたか判らずポカンとしていたけど、美狐さんの一言に頭に頭に血が上る。
抱っこされたまま攻撃をしようとしたら、美狐さんが私を放り投げる。
それでも構わずに空中で私は美狐さんにムーンライトを向ける――その瞬間。美狐さんが指を鳴らす。
わからないけど、直感に従いとっさに体を振る。けど意味はなかった。
突然アーマードドレスが爆発。白い爆炎が燃え広がり、体を振ったこととその影響で狙いが狂う。
美狐さんの横をギリギリに通り過ぎたけど、彼女は微動だにせず、分かっているかのように澄まし顔で彼女は佇む。
何が起きたか解らない。
ただ、私を放り投げたのは、自分が爆炎に巻き込まれないようにするため。それだけは理解できた。
着地して膝を突く。そういえば朱音さんの練習以外で当たったの初めて……
いつの間にか美狐さんが目の前まで駆けていた。腕から白い炎が浮き出ている。
空狐くんの炎と違う。なんとなくそういう感想が浮かぶ。
マズい――後方にステップ、飛ぶ。
私がいたポイントの地盤が爆発を起こす。ムーンライトで狙おうとしたら、飛び散る石つぶてに阻害されてしまう。
爆発後に巻き起こった煙幕を抜け、鯱の顎門の形状をした白い炎が私に襲い掛かる。
さっきのは目眩まし! バスターで軌道を逸らす。
さらに流れるような攻撃が続くのを必死に防ぐ。
朱音さんが言っていた“技の繋ぎ”が取れた連携に、私は息を飲む。
私に攻撃を出させない。私の心身を無駄に消費させる効率的な戦い方、それはきっと彼女の、私には想像できない重厚な経験によって確立されたであろうスタイル。
だからといってまだ負るつもりはなんて! バスターで牽制しようとして――がくっと膝が折れる。
えっ?
その途端、身体が重くなった。
『マスター! 限界です!!』
練習とは全然違う戦い。後先考えないバスターの乱射。すでに体が限界になっていた。
一瞬諦めが思考をよぎる。
圧倒的な実力差、限界を迎えた魔力と体。このペースは美狐さんが勝つ流れ……一瞬、一人家で泣いている自分が脳裏をよぎる。
いや……絶対いや! くーちゃんを渡すのは絶対にいや!
必死に折れる足を支え、
「スターライト」
穂先を向けて、ありったけの魔力を集める。
ちらっと視界になにか映ったけど私は無視してしまった。
「バスター!!」
また避けられるかもしれない。
そんな考えが横切るけど、美狐さんは私の放ったスターライトバスターを躱さず。突然前方に駆け出して屈み込む。四本の尻尾で身をタマネギ状に包んで防御する。
着弾、爆発――辺りを煙が包み込んだ。
どうして? わざわざ私の攻撃を喰らいに……。
理由がわからない。
そして、煙が晴れる。
「く……」
体から熱気を発しつつ、美狐さんは胸に抱えていたものを下ろした。それは野良猫?
まさか、さっき視界に入ったものって……
もしかして、彼女は私の気づかなかった野良猫を庇うために、自ら盾になったの?
っ!!
胸を抑える。私は私の不注意で危うくあの猫を傷つけるところだった。でも、彼女は気づいてあの猫を助けた。
「邪魔が入ったわね。続けるわよ」
そう美狐さんは意気軒昂を発する。
強がりなんかじゃない。ここからが本領発揮だというのが、気圧でビリビリ伝わる。
が、もう私に戦いの意志も力も無い。ムーンライトを下ろす。
それを見て拍子抜けだと思ったのか、美狐さんも構えを解いた。
「どうしたのよ? やらないわけ」
やりませんよ。全てにおいて私の負けだった。でも一つ聞きたかった。
「あなたは、一体何者なんですか?」
「通りすがりの女狐よ」
間髪入れずの答えに沈黙……すぐに笑いがこみ上げてきて二人で笑い始めてしまった。
「すいません、いきなりこんなことして」
私は目尻を拭う。はあ、なにやってたんだろ馬鹿らしい。
頭が冷えた今ならからかわれてただけだってわかる。
「ふん、そうね。まあ私は別に構わなかったけど」
そう言って笑う美狐さんの笑顔はさっきから見ていた嫌な笑顔じゃない、月の光のような優しい穏やかな微笑み。思わず私も見惚れてしまった。
「さてっと、空狐!」
「は、はい?!」
ことの成り行きについていけなくなっていた空狐くんが立ち上がる。
「そろそろあんたの言う専門家のところに連れて行ってもらおうかしら」
鈴:「コメントこないなあ……」
刹:「そういう愚痴をすると余計に敬遠されるぞ?」
鈴:「すいません……」
刹:「さて、次回ついに俺が話に絡むのか。楽しみだ」
鈴:「どういう恥をさらしてもらおうかな?」
刹:「おい……」