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狐火!~狐少年の奮闘記~  作者: 鈴雪
第十六章 美狐さんのいる日々
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第八十一話 美狐のいる日々

今回、宮座頭数騎氏の作品『妖狐玉藻伝-幻惑の美狐-』の主人公玉藻 美狐がゲスト出演するお話です。

この場を借りて宮座頭数騎氏へ感謝の意を表させていただきます。ありがとうございます。

 それは、ちょっと遠出しての買い物の帰りだった。丁度青空の天辺に太陽が昇る頃、道を歩いていた僕は、公園の前で足を止めた。

 何だ今の?

「どうしたのよ空狐」

 頭の上のイヴが問いかけるなか、僕はもう一度鼻を鳴らす。

 たぶん今のは……

「いや、公園から弱いけど人外の匂いがするんだよね」

 確信は無いんだけど、イヴは『はあ?』と気のない返事を返してくる。

「この街なら、どこにいても不思議じゃないけど?」

 まあ、確かに今更事だね。人外関係者が通う学校があり、町の住人の半分とは言わずとも、関係者もそれなりにいる以上、珍しくはないんだろうけど……

 だけど、引っ掛かるんだ。

「なんていうか、刹那くんとか、そう言うのと似た感じがするんだよね」

 僕の曖昧な発言に対し、イヴが眉をひそめて納得を示した。

 前から僕はイヴに刹那くんに感じる匂いの違和感を話しているから、すぐに意味を理解してくれたんだろう。それに、この公園はここらでは霊脈が比較的集中している位置にある。なにかあるかもしれない。

「なら」

「確かめないとね」

 僕の言葉に続けてイヴが答える。

 声共に互いに見合わせて意志を確認して、僕は公園へと踏み込んだ。


 匂いの残滓を追うと、公園の奥の雑木林から漂ってくるのがわかる。しかも、僕の眼には強い魔力に似た何かも見えている。いったいこの奥になにが?

 再び匂いを嗅ぎ直す。近寄ったからか、少し匂いが判別ついてくる。これは、女の人? でも、なんかずぼらそうというか、攻撃的でワイルドそうな匂い……

 なんでわかるのかって、そんなものは勘だ。余談だけど、舞さんの匂いはどこかバニラエッセンスのように甘く、クリームのようにふんわりとしている。

 そんなことはまあともかく、僕は人払いの結界を張ってから入るなという立て看板を無視して柵を越え、奥へと進む。ある程度進み行くと、そこに倒れている人影が視界に入った。

「大丈夫ですか?!」

 急いでに駆けよって、僕はその人を抱き起こした。倒れてるのはだいたい二十歳くらいかもう少し下かな。大人びて見えるし、幼くも見える。女の人ということを除いても、兄さんよりも綺麗な白銀色の髪と、どきっと胸が高鳴りそうなほど綺麗な造形の顔立ち。まるで西洋の人形を彷彿させる美しさだ。

 しゃがんでざっと、身体に外傷などはないか状態を確認してみた。服は土汚れ以外なにもなく、ぱっと見た限りは外傷は見当たらない。念のため頸部に指を当てれば規則正しい脈。どうやら気絶してるだけのようだ。

 小さくほっと息を吐いてから、肩に手をかける。

「あの、大丈夫ですか?」

 軽く揺すってみると、その人物はんっと小さく呻いてから目を開く。よかった。すぐに目を覚ましてくれた。

 その人は唸るようにして額に右手を添え、ゆっくりと身体を起こす。

「あの、大丈夫ですか?」

 問いかけるが、『彼女』はせっかくの綺麗な顔を渋面で覆ったまま、なにも答えない。

 まあ、こんなところに倒れてたんだなにか事情があるのだろう。

 いろいろ聞いてみたけど、目の前の人物は頭を手で押さえながらダンマリを決め込んでいた。

「なんでこんなところに倒れてたんですか? その、よかったら救急車でも」

「ちょっと……黙れ」

 やっと口を開いたと思ったら、鈴が鳴ったような綺麗な声で凄みのある言葉が出てきた。鋭く横目で僕を睨む。その満月を連想させるつぶらな瞳から、強いプレッシャーを感じ、思わず口を噤んでしまった。

「思い出せない……くそっ」

 そう言ってそっぽ向くと『彼女』は忌々しげに毒づいた。

 えっと、もしかして、記憶喪失とか? いや、それは突飛すぎるか。なにかの影響で目を覚ますと、前後の状況がわからないってことはよくあることだ。

「あの、本当に大丈夫ですか? 今日は何日かわかりますか? 自分がどこにいたか思い出せます?」

 この後も続けてできる限り効果がありそうな言葉を並べてみる。だが、

「だったらなに? さっきからウザいわよあんた。何なわけ?」

 相変わらずの凄みある睨みを僕に差し向け『彼女』は心底ウザったそうに返す。

 ……うん、なにこの返答? 僕そんなこと言われるようなことしたっけ?

 だが、ぷるぷると頭を振る。負けるな僕! ここで放っておくのは絶対にダメだ。えっと、まずは、

「僕は木霊空狐と言います。ここから近くにある常磐学園の生徒です。あなたは?」

 ひとまず自己紹介からだ。とにかく相手の素性を知らないと。

「玉藻美狐よ……多分ね」

 多分、ね。本当に記憶喪失なのかも。でも。名前はわかった。美狐さんか。

「いい名前ですね。あ、それより、本当に大丈夫ですか? あの、こういうことなら相談できる宛があるんですけど」

 そう声をかけるが、美狐さんは頭を抱えて再び何かを考えだす。たまに悪態をついてることから、僕が思う以上に結構まずい状況なのかも。

「よかったら、案内しますよ。それに、僕もなにか協力できるかもしれないし」

 人外だとは思うし、刹那くんに相談したらなにかわかるかもしれない。まあ、本当に頼りになるかわからないけど。

 美狐さんは黙ったままだったけど、少ししてこっちに怪訝そうな顔を向ける。

「余計な親切、大きなお世話――と、言いたいところだけど、手掛かりない以上、あんたを利用することにするわ」

 ……真顔、いや、面倒くさそうにはっきりきっぱり言い切る美狐さん。照れもなにもない。たぶん発言ん通り、本気で僕を利用するつもりだとわかる。

 絶対この人、友達いないな。と失礼なことを考えながら、とりあえず頷いて行動に移る。余計なこといってこじらせるわけにいかないし。

「とりあえず、ここを出ましょう。一応、立ち入り禁止の場所ですし」

「わかったわ」

 美狐さんは頷いて、服の汚れを払いながら立ちあがった。


「ところで、あんたの頭の上のそれなに? 人形?」

「失礼ね! 妖精よ!!」

「あ、こいつイヴっていうんです」

 イヴが憤慨して立ち上がる。とりあえず名前を教えておく。

「妖精……ね。にしてはずいぶんと」

 そう言って美狐さんが見てるのはたぶんイヴの胸やお尻だろう。

 まあ、妖精というには、胸や太腿から尻にかけてのラインはエロスを詰め込んだような逸品。

 てか、肉感的な妖精ってのも珍しいよな。

「……ふん」

 イヴはそっぽを向いた。もしかしたら、相性が悪いかもねこの二人。


「とりあえず、こういうのに詳しそうな人のところに行きます」

「わかった。ところでそいつ使えるの?」

 使えるのかって……

「まあ、優秀ですよ? 国内で数人しかいない特級退魔士ですし」

 ふうんと気のない返事を返す美狐さん。まあ、優秀だろうけど、頼りになるかは別だけどね。まあ、それなら朱音さんに相談すればいいし。

 そして、公園を出て、家の方に向かおうとして、不意に叫び声が聞こえた。

 叫び声が聞こえた方を向く。見れば赤ちゃんを乗せたベビーカーが少し離れた下り坂から加速度を増して下りてくる。

 その前は普段は車は多くない車線、だが、今は右から10トントラックが迫っている。トラックからは死角であり、ベビーカーが飛びして来た瞬間にしか捉えられないだろうが、その時にブレーキが間に合うはずもない。

 脚力強化の術をかけて飛び出そうとして、辛うじて視界の隅に捉えた。疾風怒濤の風を残して美狐さんが颯爽と駆けだしていた。

 トラックとベビーカーの間に割って入り、瞬時にベビーカーから赤ちゃんをすくい上げて抱き締め、トラックを四本の尻尾で押し止めた。赤ちゃんを抜き取ったベビーカーは、勢い良く電柱にぶつかった。もし、赤ちゃんをすくい上げてなかったら、大変なことになっていただろう。

 それを見越して一瞬の判断で赤ちゃんを救い出したんだ。すごい……

 って、僕と同じ四尾だあ。でも、力すごいなあ、兄さんくらいあるんじゃないかなあ? ……って妖狐!? 全然気づかなかったんだけど!

「あら、気づいてなかったの?」

 イヴの言葉にぶんぶん頭を振る。だ、だって、僕の知る妖狐の匂いと全然違う。言われたら似た感じがするけど、それだけじゃ気づかないよ!

 それから、慌てて坂の上から下りてくる女性が視界に入る。たぶんあの子の母親だな。

「あ、ありがとうございます」

 肩で息をしながら、母親は美狐さんにお礼を言う。

「何でこういうことになったのか、説明して」

 美狐さんの言葉にお母さんは事情を説明しはじめる。

 なんでもそのお母さんはご近所と世間話をしていたらしく、

「それでブレーキもかけ忘れてほったらかしてたら、下りの勢いに乗ってベビーカーが……ってわけ?」

「はい、すみません。そして本当にありがとうございます」

 と、お礼を言いながら母親は美狐から赤ちゃんを返して貰おうと両手を差し出す。

 まあ、なにもなくてよかったと僕はほっとするけど、美狐さんは違った。

「あ、あの赤ちゃん返してもらえますか?」

 返さないで赤ちゃんを左腕に、美狐さんは右手を差し出して能面のような無表情で言った

「礼金」

『へ?』

 美狐さん以外その場の全員が呆けたようなセリフを呟く。

「何呆けた面してんのよ。礼金払えっつってんのよ」

「そ、そんな」

 れ、礼金? 美狐さんなにをいってるんですか?

「あんたアホ? 有難う、すみませんで済むほど世の中甘くないのよ」

 いや、そうかもしれないけど、そんな追い打ちかけるような真似すんの?

「で、でも私お金は」

「ああ、そうやってとぼけるわけ? じゃあいいわよ。さっきのシーンをリプレイしてあげる。今度は助けないわよ」

 ベビーカーに赤ちゃんを乗せて、美狐は悪質な笑みを浮かべながら坂を登ろうとする。

「い、いやああ! 止めて、払うから、礼金払うから止めてください!」

 涙目になりながらお母さんは頭を下げる。

「さっさとそうすれば良いのよ。大まけにまけて一万円にしてあげる。感謝なさい」

「……鬼だ」

「鬼ね」

 と思わず僕らは呟いた。さっきまで何だかんだで良い人と思っていたのに。

「鬼じゃない。狐よ」

 クールに美狐は艶笑する。が、よしてください、妖狐全員がそういう目で見られるのは嫌です。


「ま、これに懲りたらせいぜい赤ちゃんから目を離さないことね」

 と、涙ぐむ母親に一言告げた美狐さんを連れてその場を後にする。トラックの運ちゃんには先に前後の記憶が曖昧になる術をちゃんとかける。簡単な暗示程度の効果だが、まあ大丈夫だろう。この術は異常事態には効果的だし。

「ところで、なんであんなことしたんですか?」

 どうにも気になってしまい、僕は問いかけた。

「ありがとうで済んだら、あの赤ん坊が可哀想だからよ」

 もしあの場であっさり許したら、必ず母親は同じ過ちを犯す。頭では注意しても、深層心理では『きっと誰が助けてくれる』という。甘い期待が生まれる。そんな状態では何の解決にもならない。と、美狐さんは説明してくれた。

 まあ、そうかもしれないけど、あんな助け方あなた以外できませんよ。僕なら、引かれながら受け身とるしかないだろうし。

「最初から最後まで子を守ることができるのは、誰でもない。親なのよ」

 だからこそ美狐さんは悪役を買って出たのか。改めて親であることがどれだけ責任重大かを戒めてもらうために。

 すごい、そこまで考えてあんなことを、つい僕は彼女に尊敬の眼差しを送ったが――

「さてと、早速この金を使って腹ごしらえでもしましょうか」

 歩きながら美狐は喫茶店に目を向けた。ああ、確かここはスイーツが美味しいと評判の店だ。

「あんた達も何か食べる? おごるわよ」

「え、いや、僕らは」

 さすがにそのお金で食事はしたくないんだけど――と、そんな言葉が喉から出掛かったところで、美狐さんは先程の邪悪な笑みとは真逆の、ふわりとした穏やかな微笑みを見せた。それは不敵でクールにも見えるけど、どこか愛らしさを感じさせる。そんな、魅力的な笑顔だった。

 か、可愛い……と、いかんいかん! 思わずドキッと胸を高鳴らせてしまった。気を取り直そうとする僕だったけど、更なる追い討ちを掛けるように、彼女は目と鼻の先までずいっと顔を近づけてきた。

 うわわっ! 近い! 近いよ美狐さん!

 満月を彷彿させる彼女の瞳には、上がった状態の僕の真っ赤な顔が写し出されていた。

「相手からの親切は、素直に受け取っておくべきよ」

 慌てて身を退こうとした矢先、美狐さんに額を指で小突かれた。

「痛たっ!」

「んふふ」

 うう……クラクラするよう。なんか美狐さんって、見掛けによらず力あるんだよなあ。ひっくり返りそうになったよ。

「というか、刹那くんのとこ行きましょうよ」

 小突かれた額を撫でる僕の横で、イヴが言った。

 けれど――

「まあ待ちなさいよ。急がば回れって言うわよ」

「寄り道よねこれ?」

「私は今、何か食いたい気分なのよ。言うでしょ、腹が減っては戦ができぬって」

 そう言うなり、美狐さんは喫茶店に入って行く。まったく、自分勝手というかマイペースというか、ほんと強引なんだから。何かとことわざの使い方もどこか屁理屈っぽいんだけど。まあ、どうせそのツッコミを入れたら『屁理屈も理屈よ』だなんてカウンターを返されそうだから、口に出すのは止めておくか。

 にしてもちょっと驚いたな。美狐さんって、あんな笑顔も出来るんだ。

刹:「やった……」

鈴:「やったな」

刹:「他の作者とのコラボ作品!」

鈴:「いえーい!!」

刹:「どちらの作品も楽しんでもらえたらいいな」

鈴:「それでは、美狐さんと空狐の出会いのお話を楽しんでいただけたら嬉しいです」

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