第八十話 肝試しだよ!
三日目の夜、肝試しが行われる。
だが、その前の前哨戦として、なぜか怪談対決をすることとなった。
「おじいさんは動揺したんだ。そんなはずはない、そんなはずはない。そう思いながら何度もシューマイの箱の蓋を開け閉めするんだけど、そのたびに、一つ、また一つ、シューマイが消えていくんだ」
まずは刹那くんの話。僕は朱音さんと一緒にがたがた震えていた。ああ、そういえば、朱音さんもホラーや怪談が苦手だって言ってたっけと漠然と思い出す。僕もお化けは嫌い。
あー、そこな人? 半妖なんてお化けと似たようなものじゃないかと言うけど、はっきり言おう。怖いものは怖いと!
刹那くんは自分の時だけただでさえ暗かった部屋の照明を完全に消し、蝋燭に火までつけて怖い雰囲気を作り出す。
「とうとう十二個全部箱から消え失せて、そして、最後に気づいた。消えたシューマイ。それが全部、箱の裏側にい!」
「ぎゃああああ!!」
「いやああああ!!」
裏? 裏にくっ付いてたあ?!
二人揃って悲鳴を上げる。僕は頭を伏せて、朱音さんはその自慢の髪を振り乱しながら、頭を振る。
「怖がるのはまだ早い。この話には続きがある。そのおじいさんはある日とうとうシューマイを喉に詰まらせ死んでしまって、その葬式でのこと。最後の出棺を前に故人と対面することになったんだ。最後ですからって」
楽しそうに、本当に楽しそうに刹那くんはいい笑顔で、本当にいい笑顔で笑っている。
「それで葬儀屋さんがみんなの前で棺桶の蓋を開けたんだ」
そこでみんなの反応を見るように一拍区切って、息を吸い込む。
「開けたんだけど、なんとおじいさんが蓋の裏側に!!」
そして、刹那くんがおしゅーまいと言うと同時に確かになにかがキレる音が聞こえた。
朱音さんが膝を抱えてすんすんと鼻を鳴らし始めた。
「あ、朱音さん?」
舞さんが声をかけるとうるうると目に涙を溜めた朱音さんが舞さんを見る。
うわ、普段とは違ってなんか可愛いぞ!!
「あのね、せっちゃんがね、あたしのことをいじめるの」
すいませーん、朱音さん、なんか口調が全然違うんですが?
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
アルトちゃんが心配そうによしよしと朱音さんの頭を撫でる。
「ダメなの。せっちゃんがひどいことするの」
よ、幼児退行しとるよ朱音さん。
「では続いて、猫娘てぃーあにゃんの怖いお話を」
『やめんかーーーー!!』
調子に乗って続きをしようとする刹那くんにみんなの拳が突き刺さった。
地に倒れる刹那くん。うう、でもこれで怪談対決も、
「ねえねえ空狐くん」
ぽんぽんと舞さんが僕の肩を叩く。
振り向くととてもいい笑顔を浮かべている舞さん。それを見た瞬間尻尾がしゅるっと丸まる。
「あのね、空狐くん、昔聞いたんだけど、うちの町のある神社にね」
その後、舞さんはみんなが片づけを進める間、僕の耳元でずっと怪談を語り続けた。
ファイブ・ミニッツ・アフター……
「おねえちゃん、クーコはおねえちゃんに嫌われてるんですか?」
クーコは悲しいのです。
クーコはおねえちゃんのことが大好きなのに、なんでおねえちゃんはクーコにこんな仕打ちをするのですか?
「そ、そんなことないよ? おねえちゃんはくーちゃんが大好きだよ?」
はあはあと荒い息を吐くおねえちゃん。
「なら、どうしてクーコをいじめるんですか? 」
そんな荒い息を吐くぐらい怒らせることをクーコがしてしまったのでしょうか?
おねえちゃんは両手で口元を隠しながら目じりを下げます。
「そ、それはね」
「それは?」
そして、
「くーちゃんがかわいいからあああああ!!」
そう叫んでおねえちゃんが抱きついてきました。
「あああ、空狐くん、くーちゃん! かわいい! かわいいよお!!」
ぐりぐりとおねえちゃんがクーコに頬ずりします。ああ、よかったです。別にクーコが嫌われてたわけじゃないのですね?
なんか、安心したら、少し意識が……
怪談が終わった後、僕は首を捻る。なんか少しの間意識が飛んでるみたいな上に、なにか、すごく幸せなことを忘れてるような気がしてならない。
あと、なんかみんなの目がすごく優しい気がするのは気のせいか?
それから、冷静になった朱音さんが真っ赤になって刹那くんを折檻してから脅かす役として連れて行った。
なんでも桜子先輩が準備するはずだったけど朱音さんと先生がかって出たそうだ。なんでも、
「私ひとり醜態さらしてなるものか」
だそうだ。い、いったいなにするつもりなんだ?
さらにくじ引きで二人一組に別れる。
僕は舞さんとだ。ちょっとラッキーと思いつつも、できれば避けたかったペアだ。
夜の山自体は修行で何度か放り込まれたから平気ではあるけど。昔から苦手なんだよこういう雰囲気って。
まあ、肝試しなんてあくまで人が化けてたり、トラップがある程度なんだろうけど、それでも、ね。
ま、まあいいや。とにかく舞さんには醜態を見せないぞ!
で僕らの番。普通に山道を歩く。
「うわ~、ドキドキするね空狐くん!」
そう舞さんが笑ってくれるが曖昧に笑うしかない。
な、なんだろな。普段は平気なはずの山道が異形の巣に見える。
とにかく黙って進むが、ちらっと横手を見て、ぼんやりと苦しむ人の顔が見えた!
「ひいっ!?」
僕は数歩たたらを踏んで尻もちをつく。
「く、空狐くんどうしたの?」
僕の突然の反応に舞さんが驚くが、僕は震える指で気を差す。
「あ、あそこにひ、人の顔が……」
え? と舞さんは振り向くと、すぐにこっちに向き直った。
「大丈夫だよ。あれ、模様だよ」
え? 僕は震える足を押さえこんで立ち上がり、もう一度見る。
僕が人の顔に見えたもの。それは確かに木に浮かんでいる模様だった。な、なんだ。あんなものだったのか……
軽く息を吐く。こういうのをシュミラクラ現象っていうんだったかな。くそ、完全に雰囲気に呑まれてる。平常心平常心……
そう精神集中していたら、手に暖かい感触。目を開けると、舞さんが僕の手をそっと包んでくれていた。
「怖いなら手をつなご? きっと怖くなくなるよ」
そういって柔らかく微笑む舞さんに気恥ずかしさとともに、感謝の念を抱く。
敵わないなあ。そう思いながら僕は小さく舞さんに頷いた。
舞さんと手を繋いで、さらに奥に向かって歩く。予定ではこの奥にある古びた社で先生からお札を貰う予定だけど……
ぽんやりと光が横切る。
「ひ、人魂あ!?」
がしっと僕は舞さんの腕に抱きついてしまった。
「く、空狐くん、あれ蛍だよ?」
舞さんの落ち着いた言葉に従って、もう一度見れば、確かにそれは人魂なんかではなく、蛍だった。
な、なあんだ。思わずほっと安堵の息をつく。
そういえばそばに綺麗な小川があったよね。耳を澄ませば、虫たちのざわめきの中にさらさらと流れる小川の音も聞こえてくる。
そして、再び歩き出そうとして、前触れもなく、目の前に死に神が現れた。
「うわ!」
全身を包む真っ黒なローブ、骸骨のような白い面と骨だけの腕、そして、血を固めたような妖しい光を放つ宝石が埋め込まれた鎌。
「きゃあ!!」
「ちょ、ちょっと舞さん?!」
と、舞さんが驚いて僕に抱きついてきた!
ぎゅうっと舞さんが僕の腕に身体を押し付けてくる。ああ、柔らかい感触が二の腕に……じゃなくて!!
「お、落ち着いて舞さん、あ、朱音さんだよ」
僕がそう言うと、えっと舞さんが顔を上げる。
舞さんはじっと鎌を見て、ああと頷いた。
「空狐、さっきから見てたんだけどなんでこれで驚かないの? 驚くところずれてないかな?」
ぼそっと呟く朱音さん。だ、だって気配と匂いで朱音さんだってわかっちゃうし、死神なんて本当はいないの知ってるし。
と、言うのは無粋かなあ。
「ところでそろそろ離れたら?」
そう言われて、舞さんは僕に抱きついてるのに気づいて顔を赤くしながら離れた。ああ、せっかくの感触が……じゃないよ!
「ご、ごめんね空狐くん! い、いきなり抱きついたりして!」
「あ、へ、平気だよ! こんなのむしろどんと来いって感じ!!」
お互いにお互いをフォローしあっていたらいつの間にか朱音さんはいなくなっていた。
なんか「ラブい雰囲気」って呟いてたような?
そして、社で大量の蝋燭を灯した中心でお化けの格好をしていた先生にありがたい札を貰って元来た道を引き返す。てかなんでお化けがありがたいお札を持ってるんだよ。
札は無駄に手が込んでいて、簡単なものだが、祓う力が付加されていた。それを持っているからか帰り道はなにも襲ってこない。
ふう、助かっ……
「ぎゃおー、食べちゃうぞー!!」
吸血鬼が飛び出した。そして、僕の肩を掴んで大口を開けて……
ぶち。
「獄えぇぇぇぇぇん!!」
気づけば、目の前の吸血鬼に獄炎をぶち込んでいた。
「うあちゃぁぁぁぁぁ!?」
炎に包まれた吸血鬼が地面をのたうち回る。
さらに追撃の炎を振り上げ、
「だめえ! それ以上やったら刹那くんが死んじゃう!!」
……えっ?
地面に転がることで、炎を消した吸血鬼が立ち上がる。腰まである長い銀髪、青い目。所々炎で煤けてる真っ黒な女吸血鬼と言うべき姿。
でもよく見ればその顔は見知った顔。
「危ないだろうが!」
「ごめんなさい」
怒鳴る刹那くんに、僕は直角に体を折って謝った。
「たく、死ぬかと思った」
そう言って体についた埃を払い落とす刹那くん。
いや、死ぬって言う割には火傷一つないね君。
「まあいいや、さっさと合流してこい。おまえ等が最後だろ?」
「う、うん」
そう促されて、僕らはそそくさと合流ポイントに向かった。
セミナーハウスに戻るとめいめいに肝試しの感想を語り合う。
「いきなり死に神が目の前に現れた時はびっくりしたね」
「うん、それに鎌もまるで本物の刃みたいだったな」
本物なんだけどね。
「最後の吸血鬼かわいかったね〜」
「ど、どうも」
刹那くんは桜子先輩にいじられている。朱音さんも少しは溜飲が下がったかな?
「にしても、空狐くんが怖がる姿はかわいかったなあ」
「言わないでください……」
しばらくの間これでからかわれるのかなあ……
そして、翌日、僕らは学校に帰るバスへと乗った。楽しい合宿も終わり、もうすぐ学校、さて、本番の公演もがんばらないとなあ!
鈴:「どうも鈴雪です」
刹:「刹那です」
鈴:「ついに合宿編終了」
刹:「なんか感慨深い」
鈴:「そして、次回、とんでもない人物が登場!」
刹:「びっくいだけど、まだ秘密」
鈴:「それでは、次回をお楽しみに!」
?:「ふっふっふ、ついに私の番ね」