第七十七話 出発!
さて、明日から演劇部は合宿です。
なので……しっかりと荷物を確認せねば!
「小遣いよし、着替えよし、しおりよし、ティッシュよし、OK!」
確認をし終えて旅行用バックに詰め治す。
何度も入れるものを厳選したからそこまでバックは大きくない。
立てかけておいた天月の鞘袋の幻術ももう一度チェック、なんかの事故でもないかぎり、おそらく三日間は問題なし。
うん、大丈夫! きっと、たぶん……不安になってもう一度チェック。
「また確認してるし……これで五度目だっけ」
机の上のミニチュアベッドから呆れたようなイヴの声。だけど聞こえませーん。
翌日、常盤学園正門に来たバスに乗り込み、僕らは合宿先の宿に向かう。
「さて、皆さん合宿です!」
顧問の小泉先生がマイクを持って前に立つ。
って、小泉先生が顧問だったんだ。全然知らなかった……
「今日のためにスペシャルゲストも用意してあります!」
ゲストですか?
「どんな人かな?」
「楽しみですね」
隣の席の舞さんと小声を交わす。
そして、小泉先生が一番前の席に座る人を呼ぶと、その人はすっと優雅に席を立つ。
歳は二十歳ほどだろうか? ふんわりしたピンク色の長い髪を踊らせ、すらっと伸びた背の高い体を黒い衣服に包んだ女性……って、
「数日だけ皆さんのご指導を務めさせていただく、天野朱音です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げるのは、あ、朱音さん?
アルトちゃんは無邪気におねーちゃんと喜ぶ。だが、対してすってーんと席から倒れる人がいた。刹那くんだ。
「あ、あか、あか、朱音がなんでここに!?」
慌てて起き上がった刹那くんが、朱音さんに問いかける。
ああ、可哀想ななくらい狼狽えてるよ。てか、君も知らなかったんだね。
「なんでって、小泉さんに頼まれたからに決まってるじゃない」
「なんで俺に言わないの?!」
確かに一個屋根の下で暮らしてるんだから言う機会はいつでもあっただろうに。
刹那くんの叫びにうーんと朱音さんは悩む。そして、すっごくいい笑顔を向けた。
「面白そうだったから♪」
いつかとは逆の立場だなあ。
しくしく泣く刹那くんが席に戻ってから、朱音さんは再び僕らに笑顔を向ける。
「なにか質問ある方」
朱音さんの言葉にすぐに小泉先生が立ちあがる。
「天野先生っていい人いるんですか?」
すぐに小泉先生が手を挙げる。そこな教師。今聞くことですか?
だが、今のやり取りに僕ら知り合い以外は興味津津なのがなんとなくうかがえた。
確かにこの凸凹コンビの関係は気になるのかもしれない。
そして、ニヤリと朱音さんが笑う。ああ、あれはなにか企んでる顔だ……まあ、たぶん直接被害は刹那くんで、僕にはないだろうから別にいいけど。
そして、朱音さんは一瞬で刹那くんの横に来て、その腕に自分の腕を絡めて立たせる。
「この刹那だよ」
刹那くんが朱音さんの行動にげっと呻く。
『な、なんだってーー!?』
僕と舞さん、そしてアルトちゃん以外の全員が驚く。
ああ、龍馬たちも知らなんだっけ。
『天野が、あの天野がこのお姉さまと?!』
「ちょっと待て! あのってどういう意味だよ?!」
刹那くんが妙な抗議をするが、誰も取り合わない。
「い、一体なぜ?!」
「昔、刹那が「幸せにしてあげるから」って言ってくれたから♪」
これだけだと、見た目の歳の差と小泉先生とは先生と教え子の関係から、マセたお子ちゃまが仲のいいお姉さんに、カッコイいところを見せたかっただけだと想像しちゃうよな?
実際みんな生暖かい目で刹那くんを見ている。そして、石田先輩がぼそっと零す。
「天野さんって年下しゅ」
ひゅんと空気を切る音とともに、不用意な発言をした石田先輩の頬を黒いナイフが掠る。座席に刺さらず、撓んでから弾かれるから、おそらく練習用のゴム製ナイフ。
僕にも辛うじて、ナイフを袖から抜き出して投げたのがわかったほどの早業だ。
それにナイフと風系の術式を組み合わせて空気抵抗を減らしてるのも辛うじて見えた。後で術式教えてもらおうかな。
「なにか言ったかな?」
ブルブル頭を振る先輩。怖かっただろうなあ……
僕は朱音さんの恐ろしさが、よーっくわかってるから、そんなこと絶対に言わないもの。
鈴:「で、真実は?」
刹:「いや、確かに言ったよ? 五歳くらいの頃に。でも、その時は別にお姉さんじゃなかったからな!」
鈴:「いや、知ってるから。いつのまにか見た目の歳に差ができたのは」
刹:「くう、もう少し身長があれば……」
鈴:「それだけじゃないような……」
刹:「なんか言ったか?」
鈴:「うんにゃ」
こんばんわ。合宿編スタートです!