第四十五話 朱音さんの仕返し・重症
僕たちが見守る中、朱音さんはは持っていたテキストを開いた。簀巻きにされて猿ぐつわかまされてる刹那君がもぞもぞと暴れてるけど、完全に無視している。
はやての疑問に答えずにゲンヤは呟く。
「まあ、うちの娘たちも驚くだろうがな、八神、いや……」
恥ずかしい内容のSSが朗読されている。その間、刹那くんは暴れ続けているが、ぜんぜん効果がない。眼は涙目で、むぐーむぐーと悲鳴を上げる。
なんだか、陸に打ち上げられた魚みたいだ。
はい、すいません。現実逃避です。
でもね、そうでもしないと、僕は罪悪感で圧し潰されちゃうから
逆に母さんと兄さんは楽しそうに聞いている。
たまに「歳離れすぎー」とか、「いいぞゲンヤー!」と内容に対するコメントを入れている。
公開されているのは『魔法少女リリカルなのはStrikerS』のSS。
StrikerSは、なのはシリーズの第三期作品で、前作『A`s』の十年後、主人公のなのはさんとその親友フェイトとはやてが新部隊『機動六課』を設立し、新人フォワードたちとともに事件解決のため戦うストーリー。
その内容から賛否両論ではあるが、僕はいい作品だと思っている。
そして、登場しているキャラは八神 はやてとその師匠ゲンヤ。はやてはなのはさんの親友で、古代ベルカ式魔法の数少ない使い手。四年がかりで自分の部隊『機動六課』を立ち上げ、そこの部隊長となっている。
ゲンヤは三期の主役キャラ、スバル・ナカジマの父親で、時空管理局陸士108部隊長。はやては一時期彼の部隊で研修をしていたこともあり、彼を師匠と呼び「信頼できる上官」と慕っている。
ゲンヤの年齢はわからないが、その髪と渋い外見。そして、彼の上の娘であるギンガとはやてが二つ違いであることを考えれば、かなり差があることははっきりしている。
ずっと憧れで目標だった人。不安も迷いもない。
「はい! 私でよければ……あなたのお嫁さんにしてください!」
「以上です。ご静聴ありがとうございました」
朱音さんが晴れ晴れとした笑顔でノートを閉じて、優雅に一礼までしてみせる。その姿は……すごく楽しそう。
一方、刹那くんは真っ白に燃え尽き、はらはらと涙を流している。
ごめん、刹那くん。友の窮地を助られなかい不甲斐ない僕を許して。
でもね……わかるでしょ? あの朱音さんに逆らっちゃダメだって。あとさ、慰めにならないかもしれないけど……割と面白かったよ? 恥ずかしいけど。
ちらりと舞さんのほうを向くと、
「ねえ、アルトちゃん、アルトちゃんのお母さんってどんな感じ?」
「えっとね、綺麗で優しくてね」
いいなあ。あんな風な逃げ道あるんだ。僕は刹那くんと一緒に拷問ですよ?
「皆さんのご好評にお応えし――」
好評じゃないです。
僕は心の中でツッコミを入れておく。口に出す勇気はない。自分に向けての免罪符です。はい、認めましやう。僕は偽善者です。
僕の葛藤には気づかず、朱音さんは刹那くんのそばに転がっていたトランクの中から、さっきよりも古びた大学ノートを取り出した。
「では続いて刹那初SS朗読します」
「むー!」
無慈悲に言い放った朱音さんの言葉に、刹那くんが復活する。
しかし、固く結ばれた縄はビクともしない。さらに、朱音さんがトランクを後ろに放り投げて、それが刹那くんのわき腹、たぶん鳩尾の辺りに角がジャストミート! うわ、痛そう……
刹那くんは身を縮めて痛みに耐えていた。そんなことは気にせずに、朱音さんは読み上げ始める。
「なのはこれ……」
フェイトがなのはにその手紙を渡す。
「えっ? これてフェイトしゃん……」
いや……朱音さん、これはひどいですよ?
まだ文章が拙くて、誤字までそのままって……しかも百合だし。
さっきから兄さんも「誤字多いいぞー」なんて言ってる。
でも、これは……
フェイトは思う。きっと大丈夫だと。
二人はきつく手を結んで、夕暮れの中、変えるのであった。
「以上です!」
数話分のSSを朗読した後、爽やか〜な笑顔で朱音さんが笑う。
朱音さんの顔はとても光り輝いて見えた。そして、刹那くんの方は突っつけば灰になって散っちゃってもおかしくないくらい燃え尽きていた。時折ぴくぴくと痙攣する以外はもう、動きの欠片もない。
見ていて刹那くんの生命力を、文を読み上げることで朱音さんが吸い上げてる気がしてきた。
うう、ごめん刹那くん。僕は友達を助ける事もできないんだ。代わってあげたいって気持ちすら全然湧いてこない。だって、朱音さん怖いから。何されるかわからないし、それに君が朱音さんを怒らせたのが悪いんだから。
朱音さんも刹那くんの反応が薄くなって心配になったのか、後ろを振り向いた。
「もう燃え尽きたの? まだ数冊用意があるのに」
そう言って朱音さんがさらに数冊のノートを取り出す。びくんと刹那くんが反応した。
朱音さん。あなたは鬼ですか!? 僕の眼には、本来白いはずの彼女の翼が黒い……そう、悪魔か堕天使の翼のようにしか見えない。まあ、本物出てないからイメージですけど。
ん〜っと朱音さんは考える素振りを見せて、
「少しは喋らせてあげるか」
そういって、刹那くんの猿ぐつわを外した。
「ぷはっ! 朱音! なんであの詩を持っているんだよ! あれはお前に会う前に作って、捨てたはずだ!!」
「遥ちゃんに決まってるでしょ。あの子がゴミ箱で発見したのをくれたの」
「……あいつ、ゴミ箱で何してたんだ?」
「そんなこと私の口からは言えないよ」
朱音さんが恥ずかしそうに頬に手を当てる。恥ずかしいことなの?
さらに刹那くんは、朱音さんに噛みつく。
「だけど、朱音こんなことするなんて……俺になんか恨みでもあるのか!?」
刹那くんは朱音さんを睨みつける。
朱音さんはにっこりと微笑み、
「うーん、恨み? あたしはただね、お気に入りの人形を汚されたとか、お気に入りの服を乾燥機にかけられてしわしわにされたとか、人前であたしがかわいいもの好きなのを暴露したとか、子供がなかなかできないこととか、猫を愛でてたのをこっそり観察してたりしたこととか、あたしの大嫌いなホラー映画を大音量で流したこととか諸々の仕返しがしたくなっただけだよ?」
刹那くんは視線を逸らした。
まあ、恨まれてもしかたないねそれ。あと、朱音さん、さらりと爆弾発言しないでください! それにそれで刹那くんを恨むのも酷いと思うんですが! ええ、ええ、言えませんけど!
そんなこと考えてたら、兄さんが「刹那やりすぎー、あと、もう少しがんばったら?」なんてちゃかして「うっさい!!」なんて言い返されていた。
そして、朱音さんは僕らに振り返る。
「それでは、まだまだあります、刹那がサイトに公開してるSSオア自分でも恥ずかしくて消したもの問わずに公表いたしまーす! ちなみに、刹那のサイトは『黒白の図書館』というその構成の拙さ、アイディアのずれ加減が癖になる一日50Hitほどの上級者向けサイトですので、よかったらみんなHit数に貢献してあげてね……恥ずかしさで身悶えるだろうけど」
にやりと朱音さんが邪悪に笑う。あ、悪魔だ……悪魔がおるよ! チラッとも一回横を見ると舞さんとアルトちゃんはおしゃべりし続けてる。だけど、その額には汗がいくつも浮いていた。
にしても、本当に大当たりだったよ。朱音さんの言ったサイト、それは、僕がちょくちょく覗きにいくサイトだった。微妙に癖が似てたし、なにより、一話だけ僕の知ってる内容だった。
中身は中二病全開な内容が多く、SSにオリジナルのキャラを出したりして、とんでもない代物になっている。特に、ガンダム系の話をベースにしたSF長編もの『ブレイクガンダム』は、とんでもない展開だった。なのはさんが出てきたりもしたし。しかも、なぜか同人誌はマトモなのが不思議なサイトでもある。僕がそこを覗く理由は背中が痒くなるような話、ツッコミを入れたくなるような設定や展開が癖になってしまって気づけば覗いてしまうのだ。
みんなには言えないけどね〜。
ちらっと、母さんと兄さんを見ると……
「おっしゃあ、もっともっとこっぱずかしいのお願いしまーす」
「セっちゃん、ファイオー。私はちゃんと聞いて里で言いふらしてあげるから」
のりのりだった。ああ、だから朱音さんは母さんを呼んだのか、なんて納得もしてしまう。
そして、母さん、それは酷いから止めてあげて。と、言いたいけど、怖くて言えない。
「ちょっとま、もがー!?」
朱音さんの宣言と母さんと兄さんの言葉に刹那くんが何かを主張しようとしたものの、猿ぐつわを咬まされ止められたのであった。
刹:「殺せ〜、いっそ殺せ〜」
鈴:「いや、死なれるのも困るから」
刹:「あとどれくらい続くんだこの拷問は……」
鈴:「あと、一回」
刹:「そうか、まだもう一回あるのか……」
鈴:「ど、どうしたそ、そんな危なそうなハンマー持ち上げて……」
刹:「ふふふ、お前を殺せば、この苦しみから解き放たれるはずだ……」
鈴:「いや、待て。落ち着け。そんな事したらお前の活躍が」
刹:「ははは、問答無用! 光になれ−!!」
鈴:「Nooooooooooooo!」
感想、評価楽しみに待ってます。