第三十九話 朝ですよ〜
ちゅんちゅんと鳥の囀りと朝の光に目が醒める。
んっ、もう朝?
昨日は結局あまり眠れなかったなあ……
僕はもう一度布団に潜り込む。
暖かいなあ。それに柔らかくてふにふにで……ふにふに?
……まさかね。
恐る恐る目を開ける。目の前に舞さんの顔が。
「うそん」
と、とりあえず、布団から出ないと……
しかし、出ようとしたら舞さんに抱きつかれてええぇえぇえ!?
「ま、舞さん?」
大声を出したけど、変わらず舞さんは楽しい夢を見ているのか、口元が綻んでいる。
ど、どうしましょ?
「ま、舞さん、ちょっと離して」
声をかけるけどまったく意味がない。
無理やり出ようとする。余計にギュウッと抱きつかれる。
さらに、胸元で二つの柔らかい感触の存在感があぁあぁあ!
ぐあっ、起きたばかりだから余計に大ダメージ。
くううう、や、やばいですよこれ。だ、誰も来ないでよお!
そして、がたんと音を起てて窓が開き、
「やっほー! 空狐、舞、起きてる?」
タイミングわりいよ、イヴ!!
部屋に飛び込んできたイヴはじっと僕らを見て……にっこり満面の笑みを浮かべやがった!
「あらあら、朝からお盛んなことで」
「変なこと言うな!」
イヴはうんうんと頷いて、
「大丈夫よ。みんなにはちゃんと秘密にしとかないから」
そうか、ちゃんと秘密にしとかないのか、よかっ……くない!!
僕はイヴを睨みつける。
「ダメだろ! それは秘密にしないといけないだろ?!」
しかし、イヴは僕の抗議なんてどこ吹く風といった感じに身を翻して、
「ば〜ああ〜い」
部屋から出ていった。
あいつ、ぜっっっったいに言いふらすよ! 急いで捕まえないと!
舞さんの肩を押して離そうとするけどビクともしない。意外に力が強い。
てか、よく起きないなあ。さっき耳元で大声出したって言うのに。
スリーピングビューティーという単語が頭の中を流れる。
…………いや、さすがにそれは怒るよな。うん。
まあ、試しに言ってみるだけでも、
「舞さん」
耳元に顔を近づけて囁く。
「起きないとキスしますよ」
……すっげー恥ずかしい。
少しの間待つと、うっすらと舞さんが目を開けた!
た、助かったあ。無茶苦茶恥ずかしかったけど。
しばらくの間、舞さんは目をしょぼしょぼさせて、
「クーちゃん?」
……えっ?
何か嫌な予感。
柔らかく舞さんが笑う。その目はぼんやりとしていて焦点が合っていない。
「もー、クーちゃんってかわいいなあ。おねーちゃんのふとんにもぐりこむなんて!」
そう言って僕を抱きしめてくる舞さん。寝ぼけていらっしゃいますか!
「もがあ?!」
む、胸が、胸が〜〜!!
ああ、でも柔らかくて気持ちいい……少しの間、こうしてたいかも。って、何考えとんじゃ僕は!
と、今度は扉が開く音が。
うそん。
「やっほー、クーちゃん、舞ちゃん。グッドモーニング!」
この声は母さんか!
しかし、部屋に上がる気配はなく沈黙。
「あらあら、おじゃましちゃった?」
母さんが楽しそうな声。
「じゃあね〜」
絶望とともにがちゃんと扉が閉じる音がした。
あああああっ、一番見られたくない人に見られたー! 里に帰られなくなっちゃうよー!!
妖狐の里というか、妖魔の里はだいたい里の人間(?)どうしの結びつきがとても強い。
まあ、人数が人間より少ないし、何より僕を除けばみんな千年以上生きていけるほど長生きだ。
もし母さんが里に帰ってから、たぶん絶対にこの出来事の話をしてしまうだろう。そして、一日で里中に知り渡ることだろう。
そこからきっと、彼女を通り越して結婚したなんて話になって、そろそろ子供もできちゃってるんじゃない? なんて無責任な噂が三日で流れ出すに決まっている! 実際に一時期他の里に出向いていた人がその里で彼女作って帰ってきた時に無責任な噂が流れたのを僕は知っている! その妖狐は半年ほど苦労してその噂を消す事ができたとか。
里帰りしたらとんでもないことになっちゃってそう。
例えば『木霊 空狐くん。結婚おめでとう!』なんて垂れ幕が飾られてお祝いされるかもしれない。式を里で挙げなよ、なんて事態にもなりかねない!
と、頭を抱えたくなってから気づいた。力が弱まってる?
「く、空狐く〜ん」
顔をあげると舞さんが引きつった笑顔を浮かべている。
どうやら完全に目を覚ましてくれたみたいだ。
ぱっと舞さんが僕から離れる。
「ええっと……おはよう。空狐くん」
舞さんは顔を真っ赤にして困った感じでそう言ってくれた。
僕は頬をかいて、
「おはようございます。舞さん」
いつも通りあいさつしたのだった。
おまけ
月狐は満面の笑顔で部屋に戻る。
「つきー、おかえりー」
イヴがせんべいを食べながら迎える。
銀狐は朝の鍛錬に出てるためいない。
「うんイヴちゃん。ありがとね〜」
「いえいえ」
実は月狐が部屋に乱入したのはイヴの報告があったからだった。
「ほんと、いいもの見れたわ〜」
ほくほくとした笑顔で月狐が座る。
「でしょ〜?」
「このままだったら孫の顔見れるの近いかな〜? 五年後くらいかな〜? クーちゃんと舞ちゃんの子供か〜。楽しみね〜」
「うんうん。どうせなら二人が今度里に来たときにそうなるように里全体でなんかしたら〜? もう結婚しちゃったって噂流しちゃうとか!」
「いいわね〜」
空狐がその場にいたら「この悪魔……」と言いそうな会話をする二人であった。
余談であるが、月狐が孫の顔を見たのは五年後ではなかったことだけを明記しておく。