第十一話 出現! 『MSN』!
五人で合流してからしばらくして校舎が見えてきた。
レンガ造りの古く立派で威厳のある校舎。なんだかかっこいい。
「いいなあ」
思わずそう漏らしてしまった。
「でしょ」
嬉しそうに舞さんが笑う。
そして、校門をくぐって
壁に出会った。
「はい?」
眼を擦ってもう一度見る。今度はちゃんと脳が理解してくれた。
人だかりだ。しかも整然と並んでいて、まるで壁のよう。全員胸元になんかのバッジがついている。
ああ、なるほど、僕が見た壁は。
この人たちから立ち上る殺気だったのか。
「こえーよ」
思わず本音を漏らす。額から冷や汗まで出てる。
ちらっと横を見る。
まず、刹那くんの反応。同じように冷や汗をかいて、ちょっと引いてる。
次にハル。呆れたような表情で集団を見ている。
そして、龍馬はなんとも言えない顔をしている。
最後に舞さん……額を押さえて渋面を作ってた。珍しい表情だな。
「な、なんなのあの人たち」
それに答えてくれたのは刹那くんだ。
「あいつらは通称『MSN』」
MSN?なんの略だ?
「端的に言えば」
人だかりが動き出す。
「倉田 舞ファンクラブだ」
……なんじゃそりゃ!?
ばっと舞さんが僕の後ろに隠れる。
「倉田さん! その男は誰ですか?」
「昨日、公園で男の子に膝枕してたって本当ですか?」
「秋山と柊さん以外と買い物をしてたって本当ですか?」
「その男に、その男に抱きついていたって本当ですか!?」
マスコミかよ。
「倉田さん付き合ってください」
「舞さん。スリーサイズ教えてください!」
どさまぎに妙な質問をした二人が後ろに連れて行かれる。二番目の人は主に女子が。
しばらくして、ギャー! だのごめんなさーい! だの肉を打つ不吉な音がしたけど聞かなかったことにしよう。うん。
「で、どうなんですか?」
「答えてください」
ずんとにじり寄ってくる。僕らは少し後ろに引いた。
「まあ、待ちたまえ」
そこで静かな声が響いた。
そっちを見ると、一人の青年が立っていた。肉を打つ音すら止まってる。
メガネをかけた物静かな印象を与える人で、年に不釣り合いな威厳が漂っていた。パリッと着こなしたスーツ、もとい制服が異様に似合ってる。政治家だって言われても信じちゃいそうだ。
「誰?」
「うちの生徒会長の瀬戸 海先輩」
今度は龍馬が答えてくれた。
「人望もあるし、学生にしては妙にやり手で、不良、教師問わずに一目置かれた存在だよ。将来は大物政治家かも」
ようするにすごい人か。ファンクラブの人たちも動き止めているし。
かつかつと海先輩が近づいてくる。
「君は転校生だったね。確か名前は」
「木霊 空狐です」
自分から先に名乗る。正直、知らない人に名前を呼ばれるのはぞっとしない。
「そうだったね。確か出身は稲荷学園だったかな。諸所の都合でこの学校に進学するはずだったけれども、二ヶ月遅れたらしいね」
何で知ってんの?
「私には独自の情報源があるのでね」
プライバシーの侵害だー!そして、なんで、僕の言いたいことわかったあ!
「私には地の文が神の声として聞こえるのだよ」
「それ、刹那くんと似たような事言ってますよ」
むっと瀬戸先輩は押し黙る。
こほんと一度咳払いして、
「倉田君とは従姉弟どうしで、柊君と秋山君とは幼なじみ。誕生日は七月三日。血液型はB型の童貞。得意分野は理数系で、苦手分野は美術」
身内の誰かがばらしてんじゃないのか? これ。
「好きなモノは空とふもふもかわいいもの。特に動物は猫が好き。嫌いなモノは怖い話と幽霊。子供の頃の夢は『お姉ちゃんの」
「わあああああああああーーー!!」
止めてくれー! これ以上は恥ずかしいからダメー!
「訴えますよ!」
「大丈夫だ。裁判官を脅すネタぐらい一週間で準備できる」
うわ、言い切りやがりましたよ。この人。
なんか、初日。始まってすらいないのにいきなり疲れた。
「ひっさしぶり。クーちゃん」
と、そこでいきなり横から軽い衝撃。顔をそっちに向けると朗らかに笑うのはまたも懐かしい顔。
「まりもさん?」
「うん、久しぶりー」
水瀬 まりもさん。僕が子供の頃いっしょに遊んでくれた人だ。
歳は僕らの一つ上。溢れる元気に男らしさを持つ頼れる人。
エルフ族と人のハーフらしく。端正な顔を縁取るのは紅い髪。耳は横に長い。(まあ、他の人からはそう見えないよう視覚を誤魔化してると思うけど、妖狐には意味がない)
彼女も舞さんと同じ制服を着ている。そして、盛り上がっているその胸の大きさはおそらく舞さん以……ごほんごほん。
「ははーん、さっそくMSNの連中に絡まれてるんだ」
じーっと面白そうにまりもさんが人だかりを見る。
「そりゃあ、舞の将来の旦那様だもんねえ。目付けられるよ」
ちょーっと待ったあ!
「な、なんですかそれは!」
や、やばいよ。みんな殺気立っているよ。
「だって、子供の頃からずーっと仲がいいじゃん」
連中をちらりと見るのも怖くなってきた。
「あー、今ので全校男子の半分を敵に回したね」
刹那くんが面白そうに告げた。
「そ、そんなにいるの?」
「カミングアウトしているのは男子全体の三分の一ほど、隠れてる人間も捜せば半分はいるはず」
すげーなあ。暇人たちめ。
「ふふん、だって、舞が言ってたよ。クーちゃんは結婚するならちゃんと仕事もってから、そして子供は男の子と女の子一人ずつがいいって」
得意げにまりもさんが告げる。そして、舞さんがあわわと慌て始める。
「ま、まりもさん!」
将来かあ……
それって、
「これを切り抜けないと将来なんてないいいぃいぃい!!」
そして、一切に人が飛び掛ってきた。
前に楽しい日々が始まりそうって言ったけど、前言撤回。
慌ただしい毎日になりそうだ。
王道展開にしたいんですけど、なってるかなあ?
ちなみに『MSN』は『舞ちゃんセントナイツ』の略です。(適当に付けてみました)