第九十五話 美狐VSモノクロームウィッチ
私は森の中を駆ける。
襲撃者の探索、そんなものに興味はなかった。ただ、なぜだかこっちに私に関わるなにかがあると理解し走り抜ける。
わからない。だけど、魂が叫ぶ。こっちに私の求めるものがあるのだと。
そして、私はそれを見つけた。
異常なまでの存在感を放つそいつ、一人の女が立っている。
妙な連中ね。ある程度距離を離せば気配は他に紛れそうなのに、ある程度近づけば鮮明なんて言うのもちゃちなくらい異常が浮き出る。
そう、異常。世界の異物。自然とそんな感想が湧き出る。
私はその片方、女の方を見る。
あれだ。あの女が……
ちっと舌打ちをする。自然とわかる。あれに気を抜いてはダメだと、警戒信号が光を灯す。
「こんばんわ」
その一言とともに私はそいつの眼前に立ち、相手の姿を観察した。
白い髪をミディアムに整え、ルビーのような輝きと色を宿す円らな瞳。その身を漆黒のロングコートに包み、腰、腕、太股に色彩の深みある革質のベルトを二枚巻きにし、ラインをより強調して女体を際立たせている。袖口から覗く手と、顔の肌は限り無く白に近い。
モノクロ――第一印象として抱いたイメージがそれだった。そいつは
「おやおや、お久しぶりですね美狐さん」
私を見ると驚いたように目を見開いてから月明かりの下で深い笑みを浮かべる。
その反応に私もつい反応する。
「あんた。私のこと知ってんの?」
自分でも間抜けな反応だと思うが、出たのはそんな言葉だ。
「んん? ええ、そりゃあもう、あなたにコテンパンにやられた過去がありますしね」
コテンパンにした? 私がこいつのことを?
記憶がないせいか実感がわかないわね。
「いろいろ問いたいけど……まずは、ここを襲撃した理由を聞かせてちょうだい」
今の私には『過去』がないから少しでも関係ある情報が欲しい。まあ、なんだかこいつにそれを教えられるのは少々癪な気もしないでもないが。
だけど、そういう事情よりもまずはこっち。なんでこんな辺境の里を襲ったのか。
「んん? 何のことです。私は今ここに来たばかりですよ」
そんなごまかしが聞くと本当に思っているの?
「しらばっくれんじゃないわよ。飽くまでもそうする気なら潰すわよ」
「ええと、多分勘違いをしているかと?」
まだしらばっくれるそいつに向かって抜き打ちで炎を撃ちこむ。慌てて、しかしながら余裕も残して回避する。
外れた炎が木に当たり燃え上がる。
「な、何をなされるのです。危ないじゃないですか」
問答無用と私は構えた。
「やれやれ」
私が戦闘の為に半妖になると眉を顰めた。
「あれれ?」
戸惑うような、意外そうな声を上げる。
「何よ」
「美狐さんどうして半妖のままで戦うのです? あの姿で戦うと思ってましたが……」
首を捻るそいつの言葉に何かが引っ掛かるが、そんなのはどうでもいい。
「何意味の分かんないこと言ってんのよ」
そう切り捨てて私は躍り出た。
全速で駆ける。が、あっさりとこいつは私に追いすがる。
「遅いですね」
そう言って私を掴み、投げる。
「ち!」
空中で姿勢を私は立て直す。
「この!」
さらに私のオリジナル妖術無色炎を叩きこもうとしたが、
「以前見たものがまた聞くとでもお思いでしたか?」
あっさりと避けられてしまう。
なんなのよこいつ!!
五分後、私はボロボロで膝を付き、対し目の前のそいつは余裕綽綽で私を見下ろしていた。
「く……こんな」
私は膝を突いて歯軋りを立てる。対しそいつは残念そうに肩を落とす。
「やれやれ、どうやら記憶喪失が原因で本来の力を、覚醒のやり方を忘れてらっしゃるようだ。あちら側に殆ど残して来てしまったからでしょうか?」
「覚醒? 何なのよそれは」
ブラフ、なわけない。そんなの必要ないくらい今のこいつと私にの間には『格』の差がある。
覚醒、なにか重要な意味を持っているのはわかるが、それがなんなのかがまったく思い出せない。
「ううむ、残念ながら時間もありませんし。何よりも親友のあなたを無駄に傷つけたくありませんので、ここらでおいとまさせていただきますね」
「親友? 答えなさいよあんた。私のいったい何を知ってるの」
もうここを襲撃したことなどどうでもよかった。ただ私のことを知るであろう存在に私がなんなのかを問いかけたかった。
「ああ、そうだ美狐さん。これ、渡しておきます。記憶は遅れてあなたの中に戻りますが、それよりも帰った方が早いでしょうね」
手帳紙に何かを書き記し、切り取ってピッと私に弾いて渡す。見ればそこ書かれているのはなにかの単語の羅列とアドレスだった。
「知る人は私をこう呼びます。モノクロームウィッチとね。それを見れば、まあわかる人にはわかるでしょうね。今こちらに近づいてる青年とか。そうでなくとも、もしあなたが記憶を取り戻したいならば、いつでもメールを送ってください。親友には無償でお力添えするのが私の礼儀。では、また会う日まで、ごきげんよう」
紳士的な物腰でおじぎを披露し、そいつ、マダンは私を残してふわり姿を消した。
マダンが消えた直後に空狐たちが到着した。
「美狐さん大丈夫ですか?!」
すぐに舞が私を心配して駆け寄る。
ああ、なんだかその様子に私はほっとする。
「大丈夫よ。まあ、これ以上は……」
そこまで言って私は口を紡ぐ。
その様子に舞は戸惑ってから、すぐに気づいたようだ。
目の前の景色が歪む。
――――次元干渉術――――局所空間歪曲によるワームホール。
自然とそれらの知識が湧き上がり、同時にマダンの所業というのも理解した。
そして、そこから現れるのも、尋常じゃないものだということも。
さて、ここからが本番ってとこかしらね?
鈴:「狐火もやっと続きです!」
刹:「おっそいわあ!!」
鈴:「ご、ごめん!!」
刹:「ふふん、だが、これで俺の活躍ももうすぐだな」
鈴:「するとは限らないけどね……」
刹:「なんかいったか?」
鈴:「イエナニモ」