第九十四話 聖域への侵入者
遠くから聞こえた轟音。
今のって……
「聖域の方ね」
母さんの言葉の通りそっちからだった。
全員に緊張が走る。
「空狐、準備しろ」
刹那くんの言葉に頷く。
誰かはわからないが、この里の結界の中に誰にも気づかれず入り込んだというなら相当の手練れだ。警戒しないとな……
僕が着るのは夏休みの時に刹那くんからもらった試作の式服だ。
以前僕が来ていた式服は道着を改造したような見た目だったけどこれはどちらかというと洋風になっている。
どこかマンガにあるエージェントのようで派手ではないものの、様々なところに金属パーツをあしらったりと凝った意匠がなされている。それらはどれも防御の式が組み込まれている。
そうでありながら非常に動きやすさも考慮されていて、僕はとても気に入っていた。
天月を腰に差し、裾と袖などにクナイや鋼線を差し込み、ホルダーに各種呪符を補充する。それからベルトや留め具を確認、よし。
「お待たせしました」
着替え終えて外に出ればみんなが揃っていた。
刹那くん、朱音さん、母さん、舞さんにアルトちゃん。って!
「舞さんとアルトちゃんも連れていくの!?」
僕の反応に二人がムッとするけど、気にしない。
舞さんは訓練は受けていてもまだ一般人だし、アルトちゃんだって、武器を持ってるとはいえ、戦えるように見えない。
「まあ、今回の場所が場所だから神具持ちを連れていきたいから」
なんて、刹那くんの頭に乗っていたイヴが言うけど、なら僕がいれば充分じゃないか。と思う。
「あ、アルトも変身しないと空狐納得しないわよ?」
「う、うん」
朱音さんの言葉に躊躇いながらアルトちゃんが頷く。変身?
「『夜天』行くよ!」
アルトちゃんがいつか見せたハンマーを取り出す。
ハンマーから光が迸り、その中でアルトちゃんの服がほどけるように光になる。
そして、劇的な変化が生じた。
アルトちゃんの身長が伸び、その体に豊かな起伏が生まれる。な、に?
さらに、身体のラインにフィットしたインナーと膝よりも上くらいまでのスカートが装着され、各所に配されたハードポイントにスカート状のアーマー、鎧武者のような手甲と、背中に翼のような金属のパーツが設置されていく。
そして、最後には大人になった彼女に合わせて大型になった鉄槌をアルトちゃんが掴んで、ポーズを決めた。
背は僕と同じか、一、二センチは上だろうか。舞さんと同じかちょっと小振り程に育った豊かな胸に、きゅっと締まった腰、そしてまろやかな曲線を描くお尻のラインとナイスプロポーション。
それを包むのは黒を基調とした引き締まった印象を与える戦闘服。
髪も肩より下くらいの長さだったのが、どこか輝きを増して腰ほどの長さになっている。
その手に握る鉄槌はいつか見たものをそのまま大きくしたような感じ。一メートルほどの柄の先についた打突部分は、柄を挟んで両端に伸びた円柱、銀に近い白を基調とし余計な装飾のないそれは堅牢さと破壊力の高さを窺わせると同時にどこか神聖な印象を、そう、あえて言えば機械でできた神具という印象だ。
「アルトちゃん? さん?」
どう呼ぶべきか一瞬悩む。
「いつも通りでいいよ空狐くん」
いつもの声だけど、舌足らずな感じのないどこか大人っぽい声。
ちょっとそれにどきっとする。な、なぜこんなにどきどきするんだ?
「空狐くん?」
と、どこか剣呑な色に占められた舞さんの言葉にはっとする。
「あ、ええっと、その、ちょっと驚いただけだよ?」
慌てて僕は言い訳して、って、なにに言い訳してるんだろう?
「そ、そうだ美狐さんは?!」
とりあえず別の話題にすり替える。
そう、美狐さんはこの場にすでにいなかった。
「美狐ちゃんなら先に出たわよ?」
ああ、そうなんだ。まあ、美狐さんはそうだろうなあ。
「じゃあ、俺たちも行くぞ」
聖域にはすでに妖狐警護隊の人たちが集まっていた。
見れば聖域は洞窟の前に立っていた鳥居が倒れ、注連縄と札の燃えカスが散乱している。洞窟の石畳も焼け焦げたり、爆発したような跡がある。
そのまま洞窟に入る。ある程度進むとそこそこの広さのある場所に出た。
天井はなく、空に月が見え、月明かりが照らす中心に祭壇らしきものがあった。らしきものというのは吹き飛ばされてて原型を保っていなかったからだ。
「月狐殿!」
僕らに気づいて古志さんが駆け寄ってくる。
「古志くん、なにがあったかわかる?」
真面目な顔で母さんが古志さんに尋ねる。
古志さんの説明によると、下手人はおそらく四名、聖域に安置されていた神具を奪い、既に逃走。
現在匂いと残留魔力を辿って追跡隊を出したけど、途中で別れた上に匂いが途切れたという。
でも、神具を奪われた? 聖域に何か重要なものがあるとしのか知らなかったけど、そんなものが安置されてたのか。それに、警護隊の妖狐を撒くとは、かなりのレベルなのが窺える。
くるっと母さんが振り向く。
「だそうだけど、居場所わかる?」
え? 居場所って……
「ああ、それならあっちとあっちね」
と事も無げにイヴが西の方角と南西の方を差す。
わかるんかいってツッコみかけて、そういえばある程度近づけばガングニルも感知してたっけ?
「これ、明らかに俺たちを挑発してるな。神具持ちにわかるようにだけど」
なんて刹那くんも難しい顔で呟く。き、君もわかるの?
「そう、なら私たちも二手に分かれましょう。私と朱音ちゃんが一班、刹那ちゃんとくーちゃん、舞ちゃんにアルトちゃんが二班。いいかしら?」
古志さんに聞こえない程度の声で母さんが提案する。
おそらく二班が多めなのはまだ未熟な僕と舞さんを考慮しての判断だろう。
その提案をみんなは受け入れた。
「こっちね」
イヴの誘導に従い探すうちに聖域の前で嗅いだ下手人の臭いが再び感じられた。
なんというか、その匂いは妙だった。こう、生きている人間のような匂いじゃない、もっと違うなにかと思わせる匂い。どことなく刹那くんに似ていた。
「ねえ、刹那……やっぱり……」
「ああ、となれば……」
刹那くんの頭に乗ったイヴが刹那くんとなにかを話している。
やっぱりって、もしかして、二人は今回の相手を知っている?
「ねえ、二人とも」
僕は思い切って聞こうとして、
「あ、あそこ! 美狐さんがいるよ!!」
舞さんの言葉にそちらに視線を向けると、ボロボロの美狐さんと、そしてこちらに背を向けるように立つ妙齢な女性。誰だ?
それを見た瞬間、刹那くんがげっと声を漏らす。
「白黒の魔女〈モノクロウィッチ〉……」
知ってるの?!
「なんであんなのが……」
刹那くんが眉間を抑える。
まあ、この反応やばい相手ってことはわかるな。
僕らは美狐さんの援護の為に急いでそっちに向かうのだった。
鈴:「二か月間放置してすいませんでした!!」
刹:「やっと更新か。これが最終章の導入だから狐火が終わるのも来年か」
鈴:「面目ない」
刹:「まあいいさ。今度こそ俺の大活躍を見せてやるんだからな!!」
鈴:「まあ、頑張れ。次回は美狐さんが独自に何をしていたのかの話の予定」
刹:「それではまた!」