第九十三話 宴会
美狐さんの匂いを辿っていると、いつの間にか里の外となって、舗装された地面から砂利道となり、回りに家屋はなく鬱蒼とした林へと姿を変えていた。
日はすでに落ち、林という壁で光の通りづらい道は不気味な雰囲気を作り上げている。
「美狐さんどうしてこんな場所に?」
と、舞さんが呟く。
確かに、なんでここに美狐さんがいるのだろう?
「あ、美狐おねえちゃんいたよ!」
アルトちゃんの言葉に匂いを辿るために落としていた頭を上げると、美狐さんが黙って道の終わりにある洞窟の前に立っていた。
「美狐さん!」
僕が呼び掛けると美狐さんが振り向く。
「空狐、舞にアルト? どうしたのよ?」
いつも通りのくーるな顔で美狐さんが問い返してくる。
どうしたのよって、
「美狐さんがいなくなったから探してたんです。どうしたんですか?」
舞さんが代表して美狐さんに問いかける。
「いや、なんとなくよ。なんとなくこっちが気になってね」
気になってここですか。
そこには入り口に鳥居が立てられ、注連縄で封じられた洞窟がある。まさかこんなところに来ているなんて……
「空狐、ここ結界で封じられているけど、なんなの?」
美狐さんがそこを指す。
「そこは、聖域です。重要な場所だって聞いてますが、僕も詳しいことは知りません」
それがどういう場所で、どうしてあるのかは教えてもらっていないし、入ったこともないから中がどうなっているのかも全然知らない。
知っているとしたら、里の上の人たち、母さんやじいちゃんくらいだろう。
「使えないわね」
ぼそっと美狐さんが感想を呟く。申し訳ありませんね。
美狐さんを連れて家に戻ると、客間で宴会の準備が進んでいた。
母さんと朱音さんが料理を作り、刹那くが卓に料理を運んでいる。
卓上にいろいろな料理が並ぶが、特にすごいのは稲荷寿司だ。大皿の上に文字通り三つほど山を作っている。
「す、すごい量だね」
アルトちゃんが感心しているのか、呆れているのか、たぶんどちらもが混じった声でつぶやく。
まあ、狐といえば稲荷寿司だし、今回は美狐さんもいるしね。
「お、みんな戻ってきたか。もう少しで用意終わるから」
僕らに気づいた刹那くんはイヴを頭に載せたまませっせと料理を運んで行った。
「それでは」
母さんがなみなみとビールが注がれたグラスを持ち上げ、みんながそれにならってそれぞれのコップを持つ。
『かんぱーい!!』
宴が始まった。
思い思いに食卓に並ぶ料理に箸を伸ばす。
僕はまず稲荷寿司の一つを取って一口……こ、これは!
酢飯に酢の代わりにスダチを使ってる。具として入ってるのは秋刀魚の身を解したもので、そろそろ旬を過ぎそうだけど十分おいしい。
さらに、もう一つ食べると今度は揚げ豆腐が入っていた。豆腐にはおそらく貝で取った出汁を含ませてから揚げてあるのだろう。豆腐を噛むたびに口中に出汁の味が広がるのはなかなか。
「わあ、これウナギ入ってた!」
「こっちのはシンプルなものね。でも、柚子を入れることで何とも上品な味わいに仕立ててるわね」
アルトちゃんが驚きの声を上げ美狐さんは純粋に関心している。どうやら一つ一つ中身が違うようで、凝った仕事をしているなあ。
舞さんも目を丸くして自分の稲荷寿司を見つめている。
そして刹那くんは……
「豆腐だからとはいえ稲荷と麻婆は合わんかったか……」
赤い具の入った稲荷にしくしくと涙を流していた。
えっと、ご愁傷様。
とまあ、そんな風に和やかな食卓が広がっていました。そう、広がっていたんです……
「神様のいじわる……」
「私に文句言われてもねえ」
僕の呟きにイヴが返す。なぜなら、
「えへへ、くーちゃーん」
「くーこくーん」
横から頬を赤く染めた舞さんに抱きつかれ、同じように赤くなったアルトちゃんが僕の膝の上でご満悦の様子で擦りついてくる。
はあ、なんかいい加減慣れてきた自分が悲しい。
ぎろっと刹那くんを睨むと、
「刹那、あんたはなに飲ませてんの!」
「誤解だ! 俺が飲ませたのは前回を反省してノンアルコールチューハイだ!」
朱音さんの折檻に刹那くんが必死に弁明する。
ノンアルコールで酔ってるのかい!! まあ、世の中には酒が飲めないから、コーラで酔える人もいるらしいからなあ。
「くーこくんのにおいってママそっくり~」
くんくんと鼻を押し付けたアルトちゃんがそんなことを言う。
「あー、確かにちょっと似てるかもね」
アルトちゃんの言葉に朱音さんは納得する。いや、助けてくださいよ。
僕は助けを求めて周りを見て、
「嬢ちゃんなかなかやりおるの」
「あんたもね。亀の甲より年の功って言ったところかしら?」
美狐さんとじーちゃんが将棋を指していた。なんでだよ?!
母さんは……ぱしゃぱしゃと写真を撮るだけ。無理だな。助けてくれないよな。
「えへへ……安心するなあ」
ぎゅっとアルトちゃんが背中に伸ばした手で強く抱きついてくる。まるで何かに縋るように。
まあ、このまんまじゃ仕方ないと言って朱音さんが水を持ってきて二人に飲ませるとすぐに素面に戻った。
「ご、ごめんね空狐くん」
「ごめんなさいくーこくん」
実質雰囲気だけで酔っていた二人はすぐに謝ってくれた。いいよいいよと返しながらも、 ずいぶんと簡単にスイッチ切り替わるんだなあと感心した。
その時だった。
どんっと腹に響くような音が届いたのは。
鈴:「さて、いよいよラストバトル!」
刹:「頑張れよ。こっからが長いんだから」
鈴:「おう!」
刹:「さて、俺もいろいろと用意しないとな」