第九十話 木霊邸
「ねえ、アルト、あんたあいつのこと好きだったの?」
「うん、くーこくんのこと好きだよ? でも、まいちゃんも好き~」
なんて、会話が後ろで交わされるが、僕は聞かないようにしていた。あれだ、アルトちゃんのあれはからかいなんだから。うん。
あの洗礼のあと、僕らは里の奥にある一際大きな屋敷、僕の実家である木霊邸の門の前まで来た。
純和風の作りで長い塀に囲まれている。敷地の面積は舞さんの家の倍以上はあるだろう。
左手にはかなりの広さの庭、その奥に蔵があり、向こうには道場もある。うーん、改めて見るとかなり広いなうちって。
「空狐くんの家ってこんなに大きかったんだ」
と、舞さんは目を丸くする。
「わー、おっきー」
と、アルトちゃんは目をキラキラ光らせる。
「あんた、実はいいところのお坊っちゃんだったのね」
それぞれの感想を聞きながら僕はため息をつく。
まあ、確かにお坊ちゃんと言えばそうだろう。妖狐の中でも相当古い家だし。
「ただいまー」
門を潜る。と、
「くーちゃんおかえりー!」
ぐふう!!
横から灰色の腰まで届く長い髪と紅い眼の、フリフリレースを多用した服を纏った妖狐、母さんが抱きついてきた。
「ちょ、母さん!」
予想してはいたけど、やっぱりやめてほしい。てか、タックルを受けた脇腹が地味に痛い。
「帰ってくる気配なかったけど、ちゃんと帰ってきてくれたのねえ。ママ嬉しいわあ」
はあ、本当は母さんが言った通り帰ってくる気はなかったけど、言わない方がいいよな。
「あ、舞ちゃんもいらっしゃーい! 挨拶に来てくれたのねえ!」
と、今度は舞さんに抱きつく母さん。
「え、月狐さん、あ、挨拶って、あわわわ」
母さんに抱きつかれて真っ赤になる舞さん。
あ、挨拶って、か、かあさーん!!
「こんにちは月狐おねーちゃん」
「あ、こんにちはアルトちゃん。遊びに来てくれて嬉しいわあ」
と、アルトちゃんの頭を撫でる母さん。アルトちゃんも嬉しそうに目を細める。
それから美狐さんに向き合う母さん。
「初めまして。空狐の母の木霊月狐です。息子がお世話になっています」
身内向けの顔から一瞬で、キリッと表情を変えて美狐さんに挨拶をする母さん。
早い、早いよ母さん。あと、そういう格好してそんな顔しても説得力がないよ。
「玉藻美狐よ。あと、無理して作らなくていいわ」
と、美狐さんが呆れ気味に笑う。
まあ、目の前であんなことしてたんだからねえ。
「あらそーお? じゃあ、よろしくねえ美狐ちゃん」
またも一瞬で元に戻る母さん。我が母ながら見事な変わり身。
「あ、そうそう、くーちゃん、おじいちゃんが呼んでたわよ」
じいちゃんが?
ちらっとじいちゃんの自室と化している離れの方を見る。
あそこにいるんだよね。
「じゃあ、さっそくゴー!」
と、母さんに引っ張られる。
なんか、うちの家って押しが強い人多いよなあ。
「空狐くんのおじいちゃんってどんな人?」
なんて、舞さんが聞いてくる。
どんな人かあ……こっちに来る前の豪快に笑う姿を思い出す。そんなすぐに変わってないよな。
「元気だよ、すっごく。この父にしてこの娘ありって感じ」
母さんの若々しさはじいちゃんの遺伝だと僕は思っている。
「まあ、親子だもの」
と、母さんが笑う。異様に説得させられる一言だった。
で、屋敷の奥、じいちゃんの暮らしている離れまで来た。見た目は普通の和風の家なんだけど、まあ、離れだけでも普通の一軒家よりちょっと小さい程度というのはちょっと呆れてしまう。
「空狐入ります」
一言断ってから入る。広く作られた和室の奥でじいちゃんが座っていた。
「おお、空狐かよく帰ってきたの」
と、じいちゃんが笑顔で迎えてくれる。
「ご無沙汰しています」
木霊 雷狐、見た目は大柄のご老人。年齢から灰色だったという髪も今では白髪に、しかし、赤い瞳は今も強い輝きを放っている。皺の深く刻まれた顔だが、今も昔の精悍さも窺える。
現在妖狐でも最高齢の九百十歳。人間でいえば九十歳過ぎの老人である。
しかし、その服の下は年齢に不相応にむきむきなんだよね。僕や母さんよりも兄さんに近い。
しかもこの年齢本人のうろ覚えで、もしかしたら、もう少し歳が行ってる可能性もある。
「元気にしとったか?」
「はい。あっちでもいい友達ができましたから」
そうかそうかと嬉しそうにじいちゃんが笑う。
「だが、もう少しこっちに帰ってきてくれんかのう。銀といい、じいちゃんさびしいぞ?」
と、少し寂しそうに言われる。それは、少し悪いと思うけど……
それから、じいちゃんは舞さんに向く。
「君は倉田くんの娘さんだったな。孫が世話になっているよ」
と、じいちゃんが舞さんに頭を下げて、慌てて舞さんもぺこっとお辞儀をする。
ああ、そうか、おじさん退魔士だったから、じいちゃんとも知り合いだったんだっけ。
「あ、いえ、初めまして、倉田舞です! えっと、お父さんのことしっているんですか?」
不思議そうに舞さんが尋ねると、じいちゃんはうむと頷く。
「退魔士としての腕はそこそこだったが、気持ちのいい御仁じゃったわ。事故のことはお悔み申す」
意外な場所でおじさんの知り合いに会ったからかちょっとだけ舞さんは複雑そうにありがとうございますと返す。
おじさんかあ……確かに突然すぎた。結構かわいがってもらってたからさびしい。おばさんもなあ。
「と、そちらのお嬢ちゃんは……」
「はじめましてアルト・テスタロッサです! くーこくんにはお世話になってます!!」
元気よくアルトちゃんが挨拶を交わす。
「おお、元気じゃの。初めまして、わしが空狐のじーちゃんじゃ。よろしくのアルトお嬢ちゃん」
と、じいちゃんも返す。
それから、じいちゃんは僕らをじいっと見てからふむと頷く。
「空狐、近いうちに曾孫が見れるのかのお?」
と、そんなことじいちゃんは言いやがりました。
ちょ、じいちゃん!?
舞さんも真赤になってる。
「銀には相手おらんし、空狐はじじ孝行しとくれるのか、嬉しいのお」
からからと笑うじいちゃん。あ、あのねえ!
僕が文句を言おうとして、
「でも、アルトはもう少しおおきくなってからだから、おじいちゃんのご期待に沿えれるかなあ?」
アルトちゃん!? なんでこっち来てから変なことばっかり言うの君!!
なんか、少しだけアルトちゃんを見る舞さんの視線に敵意が籠ってるのは僕の願望の入った気のせいなのか。
「はっはっは! わしはあと五十年は生きるつもりじゃから大丈夫じゃよアルトお嬢ちゃん!!」
そっかーとアルトちゃんと、じいちゃんは仲良く笑い出した。
えっと、冗談だよね? 冗談なんだよね?!
鈴:「ひ、久しぶりの投稿」
刹:「は、早く俺の活躍書けよ! 今年中って言ってたろ完結! もう半年もないぞ!!」
鈴:「が、がんばるよお!!」