第七話 異変
パーティーが始まってしばらくたち異変に気づいたが、しかしもう遅い。
「みゃったく、空狐は三年間も連絡しにゃいなんて何ひてたのよ」
気分を出すためと、舞さんが用意したランプの明かりの下でもわかるくらい顔が真っ赤に染まったハルが僕の右側でぐちぐち言いながらワインを飲む。
「ほんろに、空狐くんわたひがどれらけ心配ひてたかわはる?」
左側にも眼の据わった舞さんがこっちもワインを飲み続ける。 龍馬の方は、先ほど二人に絡まれてワイン一気飲みなんて所業を敢行してひっくり返ってる(お酒は正しい飲み方で楽しみましょう)
うう、この現象はやっぱり……
「二人とも正気に戻って。酔っ払ってるでしょ?」
「なぁにいってんの、わらひはよってなんかおひまへーん」
いや、呂律回ってない言い方では説得力が爪の垢ほどもないんですが。
「そぉだ! わらしは酔ってなんかひなひよ!」
舞さんも乗って来る。
「わらしを酔っ払い扱いするのはこの口はのかな?」
「痛い、痛い。止めて舞さん!」
舞さんが頬をぐいぐいと横に引っ張る。何とか逃げ出そうと身を捩る。
「はによ、そんなに嫌がらなくても……。空狐くんはわらしのことが嫌いなの?」
「なんでそうなるの!」
だめだ、酔っ払いには勝てないよ。
「ねえ、ろうなの」
「嫌ってなんかないよ」
「ん〜、じゃあ、わらしのこと好き?」
「はい、好きです」
お愛想程度に答える。
「わ〜い、空狐くんに好きだっていてもらったぁ!」
「よかったねえ、舞」
二人ともなにがなんだか。
「んん?空狐くんさっきからぜんぜんお代わりしてないね」
舞さんが僕のグラスを覗き込む。
「え?だってあまり飲むわけにいかないよ。明日から学校」
「はいはい、グイーっと」
舞さんが無理やり酒を注ぐ。ちょっと待った、二日酔いになったら洒落にならないよ!
「ま、舞さん! だめですよ!」
無理やりグラスを離す。
「わらひの酒が飲めらいというのら!?」
「いただきます」
わーい、このヘタレ。(一人つっこみ)
ん?なんで一人だけ酔っ払ってないかって?自慢ではないが、僕は酒には強いほうではある。散々酒好きの母さんと兄さんに鍛えられたのだ。
『クーちゃん。いいお酒手に入ったのよお』
そう言って母さんは何度も僕に酒を飲ませた。兄さんも帰ってくるたびに
『おう、空狐。珍しい酒手に入ったぞ。飲め飲め』
と言って子供の頃から僕に飲ませてた。しかも、二人ともかなり度がきつい酒ばかり。
おかげで、僕には生半可な酒はきかないのだ! あっはっはっは。……ここで酔っ払えたらどんなに幸せだろ?
「みゃったく、ハルもひいてよ〜。ひどいんらよぉ〜」
「んー? なに〜?」
もうすっかり出来上がってるなあ。
「優柔不断でさあ〜み〜んなに親切てね〜」
「うんうん、あいつのことれしょ」
どうも二人は共通の人物話題を話しているみたいだ。
「大体さ〜本人に自覚がないのがいけらいのよねえ」
「ほうほう」
「ほんろ、タチ悪いのよね〜」
「しかも鈍感なのよね〜」
「変なかんは鋭いのにねえ」
なんか、二人がこっちちらちら見てるんだけど? なぜ?
「よっぽど酷いやつなんだね。その人」
ここまでぼろくそ言われるとは、かわいそうだが自業自得だなその人。
と、そこで背筋に薄ら寒いものを感じて顔を上げる。
凍りついた空気の中、二人が僕に未知の地球外生命体を見るような眼を向けていたのだ。
「な、なに」
そして、一切にため息をついた。
「お酒〜」
「け〜」
二人ともグラスを掲げた。
この後、三十分ほど僕は酔っ払いの相手をしたのだった。
「う〜、頭いてえ」
しばらくして、龍馬がやっと起き上がった。
「龍馬大丈夫?」
僕は後片付けを続けながら声をかける。
「あ〜、水くれ〜」
「はい」
準備しといた水を入れたコップを渡す。
「用意いいな」
「慣れているから」
僕は手を止めず答える。十歳を越える頃には母さんも兄さんも僕より先にダウンするもんだから、いつも片付けは僕の役割だった。
「ハルは?」
「そこ」
指で指す。
彼女は舞さんとソファーで寝ていた。
ちなみに、その前は凄かった。色んな意味で。
「さっきまでずっと飲んでたから起きないと思うよ」
「そうか、なら俺がつれて帰るよ」
龍馬が立ち上がる。一瞬ふらついたが足腰まできてはないようだ。
「帰るぞ。ハル」
龍馬がハルに肩を貸して持ち上げる。その時、ハルが一言。
「ん〜、酒は飲んでも呑まれるな」
呑まれてますあなたは。
「じゃあな、明日からよろしく」
そう言って、龍馬はハルを引きずりながら部屋を出る。
少しして扉を開ける音がして、すぐにばたんとしまる音が聞こえた。
窓から外を覗くとハルを引きずりながら家を出る龍馬の後姿が見えた。
僕の視線に気づいたのか、龍馬はぴらぴら手を振ってから門を閉めたのだった。