動きだす火 1
夜の国
夜の国は地下にあるため一日中闇に包まれているから、この名がついたのだ。
地下王国、その名がふさわしいかもしれない。
夜の国の技術で、天井には星光石が砕かれ粒状になった物を塗料と共に塗ってあるため明るい。
建物は岩をくりぬいて棲みかにしている。
この国では神殿も宮殿も一緒くたになっている。
白清石で出来てある白い飾り気のない建物だ。
二つの大きな白い柱の間が門であり、中を通ってゆくと目に目映い白壁が続いていくが途中で岩壁に変わる。神窟と呼ばれる聖なる場所である。
暗闇の中、天井の星光石が天の川のように輝く。
コト、カタン
機織りの音ともに美しき歌声が響く。
「月の光を糸で紡げたなら、星の光を織れたなら、あなたに逢えましょうか。鳥にこの想い、」
歌が途中で途切れた。
「邪魔をしたか?」
優雅な男性の声がかかる。
機織りの乙女は、振り返った。
白い白磁の肌に黒い髪が左目を隠すように垂れ、残りは細かい三つ編みを輪にして結っている。シャラリと揺れるは銀色の簪だ。
「いえ、お耳障りを。」
タバタは声の主に頭を下げた。
「何を申す。そなたの声は美しい。」
「お戯れをツクヨミ様。」
夜の国の王、ツクヨミは見目麗しい青年で、白い肌に銀色の髪、目も薄い鳶色である。
色素、というものが日の光を浴びぬ為に欠落している。夜の国の民は白い肌に銀色の髪である。
ツクヨミの腰まで伸びる銀色の髪が絹糸のようにさらりと動く。
「私が来るとそなたは歌を止める。」
笑いを含んだようにツクヨミは言った。
「気のせいでございましょう。」
タバタはそっけなく答えた。
ツクヨミは機織りに織られている布を見た。白い地に金の粒子が煌めく。
「美しいな。流石は機織りの達人だな。これは姫の着物か?」
「はい。」
「肌触りも良い。きっと喜ぶな。」
「勿論ですとも。」
タバタの自信満々な声にツクヨミは小さく笑った。
「そういえば、水の国より水晶と花が届いておりましたよ。」
「そうか。では、うまくいったのだな。」
ツクヨミは一人頷いた。
カタン、コトン
タバタは機織りを再開した。
「では、褒美の品とやらを見て来よう。」
「ええ、そうしてくださいまし。」
つげなくあしらわれて、ツクヨミは小さく息を吐いて白壁の方へと足を進めた。
「タバタ、地上が恋しいか?」
ツクヨミの問いかけにタバタの手が止まった。
「……いえ。」
カタン、コトンカタン
ツクヨミの言葉を遮るように機織りの音が響いた。