ソローロ~『予言の勇者』~
読んでくれてありがとうございます
「と、いう事で私は夕食の支度をしてきます。ごゆるりとおくつろぎ下さい。」
同居人、というか、居候させてくれている、言わば命の恩人はそう言って部屋を出る。
「うん。頑張ってね」
そう言って俺は椅子に座り直し本を読むのだが...
「いかんせんなんて書いてんのか分からないんだよなぁ...」
家主のメア曰く、日本の文字。つまり魔術文字は、魔導師や魔術師の使う『魔術本』なるものにしか使われないらしい。
この世界に来てから色々なことを学んだ。
この世界はどうやら7つの国でできているようだ。しかし、そのうち5つの国は、ほぼ同じ面積を保有しているが、2つの国が軍事的権力を持っているらしい。
そんな堅苦しいことから
この世界では『パル』が通貨として使われている、ということなど生活に欠かせない情報も。
「で、俺がこの訳のわからん世界に飛ばされたのはどうしてだ...?」
ここに来て一週間が経とうとしている。
だが、外出もほとんどせず、読めもしない本を眺めるだけ。
流石に手がかりなど見つからない。
「夕食が出来上がりました。」
階下から声が掛かる。
このログハウス調の家は2階建てで、俺の部屋は2階にある。
「ありがとう。今行くから。」
そして、こういう非日常が段々馴染んでいく自分が少し怖く思ってしまうこともあった。
まぁ...今はこうでもいいか、と納得してしまっているが。
「では。いただきます。」
丁寧に両手を合わせてそう唱える彼女。
彼女にとってのいただきますは、食事の礼儀の他に、ある事も示す。それは...
「そーいやトーヤはさ。街の方に出向かないの?」
そう。勤務の終了である。
はじめは適当な時間に終了していたが、いつの間にかこの時間に定着していた。
「街の方?...ここから遠いのか?」
「あ、そっか。トーヤは全く地理も分からないんだね。取り敢えずこれを...」
そう言って、どうやって収納していたのか腰につけたポーチから大きな地図を取り出す。
「ここが、ナルシア湖。」
地図の少し右のところに赤マルがついている。きっとそれの事だろう。
地図を見てわかったけど、都会までは歩いて行ける距離じゃ無さそうだな。
これ、どうやっていくんだ?
「乗り合い馬車があるからね。」
俺の疑問をピッタリあてる回答が来たんだろうが...意味がわからない。
「乗り合い馬車って言うのは、飛行魔法の使えないようなわたし達のような一般民の移動手段だから。」
俺が分からないのを察したのか説明してくれた。
つまりは電車やバスといった感覚だろう。
都会の方に行く時はそれをみんな使っているという。
「だからさ、明日は都会の方に行かない?」
「...うーん...そうだなぁ。」
この世界を色々見て回りたい。そう思う事はある。
だけど、同時に余りにもこの世界に馴染んでしまうと...もう2度と元の世界へ戻れない気がしてならない。
「行かないときはいいんだよ?私は買い出しに行くだけだし。」
「ああ。...すまないけど、留守番するかな。」
「...うん!分かったよ。」
少し残念そうな顔をしたように見えたのは気の所為だろう。
はじめは続かなかった会話もだんだん弾んでいくようになり、二人の仲もある程度は縮まったように感じる。
夕食を食べ終わり、自分の部屋...といっても借りてるだけだが。とにかく寝床へ行き空に上る月を見ながら考える。
何故か夜は月を見る癖がついてしまっていた。
どうしてだ?...俺はそんな天文学に興味なんてなかったはずだけど...
いや、難しいことを考えるよりは、眠ろう。そういや明日はメアに芝刈りを頼まれてたんだった。
ナルシア湖の畔のここは、緑が綺麗だが、その分手入れは欠かせない。
そして洗い物に掃除も頼まれたし...あいつ本当にメイドか...?
そんなことを考えてるうちに、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
目が覚めたのは9の刻を刻んだとき。つまり朝九時。
カーテンは開けられており、窓も開いていて心地よい風が髪を撫でる。
「メアは...もう行ったのか。」
起き上がり、部屋にある木のテーブルを見ると書置きが。
『留守番代の一万パルです。よろしければお納め下さいませ。』
そんな文とともに、紙幣が2枚。
パルは価値も何もかもが円と同じらしい。おかげでお金に関しては簡単に理解したが。
「よい...しょっと!」
起き上がって伸びをする。
ふと窓に、馬車のようなものが映る。
きっとあれが『乗り合い馬車』ってやつか?
まぁ...どうせまだ時間あるし...見に行ってみるか!!
「ん?お客さんかい?」
「あ、えー...と」
この一週間で初めて外に出たが、物凄く空気が澄んで綺麗だだった。湖も日光を反射してキラキラと光っていて...って違う。そうじゃない。
とにかく馬車を見に行ったのだが...一応とパルをポーチに突っ込んでたのが悪かったのだろうか。
馬車のオッサンは俺の金を目敏く察し、客と勘違いしてしまったのだ。
「お客さん、ナルシア湖からなら千パルでホーピリアまで送っていけるよ。」
「いや...その...」
そのホーピリアが何か分からないんだよ!
イエスかノー意外は受付内ってか!?
ド〇クエかよ!
「とにかく。ナルシア湖からなら一万パルで好きなところに行けるぞ。まぁ路線の中だったらな。」
「あ、そうですか...。では僕は...そろそろ」
「そろ?ソローロへ行くのか?」
いやどんな聞き間違い!?
「そろそろ、と、ソローロをどうやって聞き間違えるんですか!」
「ソローロな。分かった。」
「ちょ!違っ、まずソローロってど...うわぁ!」
もうほぼ強引にオッサンに馬車に連れ込まれる。
ま、まさか俺の鍛え上げられた(別に鍛えてもない)ボディに惹かれて!?
「や、やめろぉ!俺は何があっても貞操だけは死守して見せる!」
「...馬車、発信時刻9の刻、3の半刻。
テルエル第二都市『ソローロ』へ出発。」
ボソッとオッサンがつぶやき、いきなり馬車が跳ね上がる。
「うおぉぉ!?なんだこりゃぁ!?」
ガタン、ゴガタタタン、と不安になるような音を撒き散らしながら馬車は高度を上げまくっていく。
「オッサン!これどういうことだよ!」
「なんだ、坊っちゃんは乗り合い馬車は初めてかい?
でもただの飛行魔法を馬車にかけてるだけだ。驚くもんじゃないさ。」
いやその飛行魔法が不思議でたまらないんだってば!
「と、とにかく。ソローロってどんなとこなんだ?」
そう。メアが買い出しに行った街も知りたいが、そのソローロと言うのはどういうところなのか知りたい。
今の所知っている地名は
ナルシア湖。
ソローロ。
そして、オッサンが最初に勧めたホーピリア。
最初に勧めた、と言うことはよほどホーピリアに行く人が多いのだろう。
つまりメアはホーピリアに行ったと考えるのが自然か?
「うむ。ソローロはな。魔法大国テルエルの二つ目の都市だ。俺達のいるマグナ地方の中でも2、3番を争う大都市だぜ。」
「じゃあ1番は?」
「そりゃあホーピリアだ!
坊っちゃんも聞いたことあるだろ?『世界の中心ホーピリア』!」
いいえ。聞いたことありません。
「とにかく...ソローロってそんな都会なのか?」
少し不安になる。だって知らない都会に1人放り込まれるなんて本当怖いって...
「なんだよ、今更キャンセルか?」
いや、アンタが勝手に乗せたんだよね!?
「キャンセルはしない...だが、行って何をすればいいのか分からなくてさ。」
とんだバカな話だ。目的の無い旅なんて。
「おいおい...まぁ取り敢えずはなんか食べて帰れよ。カフェとかでいい話聞けるかもだぜ?」
「はぁ?」
「知らんのか?
あの予見者ターニャがよ。3年ぶりに予言したんだぜ!?」
3年間働いてなかったのかよ...その予見者。
「で、どんな予言?」
「ふふ...聞いて驚けよ。
『この参の日の内のいずれか...この世の何処かの湖に勇者が君臨するであろう。そのもの、白き者と出会い、必ず我らの元へ馳せ参ずる』とよ!」
「参の日...?」
「あぁ。今から8日前から3日間だ。」
...え?...その頃って...
「坊っちゃんもその勇者が君臨したかもしれない湖を見物しに行ったんだろ?」
白き者って...
メアのことか...?
いや。考え過ぎだろう。メアは確かに髪は白いが、ただそれだけ。湖に勇者が君臨、それも少なくとも俺では...いや、時期的には俺がこの世界に来たのと一緒。つまり...俺か...?イカン、顔がにやける。
「とにかく、...ついたぜ?」
ガクン、と馬車が急降下を始めた。
「お代は千パル...はい確かに。
予見者ターニャはこの街にいるぜ!勇者と会ったらサインもらっててくれよ!」
そう言ってゲラゲラ笑いながら、ゆっくりと馬車を地面につける。...と同時に俺が投げ出され、馬車はまた走り出して行った。
おかしいだろ...雑すぎね?
しかもソローロの地理もなんにも教えてもらってないし...
「くっそぉ...これで迷子になっちまっ.........」
起き上がった俺を待っていたのは。
全身を白い鎧で包んだ、言わば騎士のような奴らだった。
「手を挙げ、荷物を全て並べろ。」
そう言い、俺の首元に槍の鋒を当てる。
「貴様を城まで連行する」
そんな言葉を、俺は生きた心地のしない胸中の中聞いていた。
読んでくれてありがとうございした