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箱庭

「ねえ、おかあさま。わたしはどうしていえのなかにいなくてはならないの?」


 深い深い森の奥。湖の側にある小さな家の中で少女は問います。


「それはね、あなたの体が弱いから。外に出てしまうと病気になってしまうのよ」


 お母様は悲しそうな目で言います。


「びょうきになると、どうなってしまうの?」

「とても苦しくなるわ。辛くて辛くて、寝たきりになってしまうでしょう」


 それを聞くと、少女も悲しそうな目をします。


「それはいやだわ。わたし、たくさんたのしいことをしたい」

「ええ、ええ。だから、絶対に外に出ては駄目よ。お母様との約束」

「はい、わかりました」


 顔を見合わせて二人は頷きました。

 ですがある日、少女はその約束を破ってしまいました。家の中に迷いこんだ小鳥を逃がそうとした時、外への誘惑に堪えられなかったのです。少女は小鳥と共に外へと飛び出しました。


「まぁ! そとって、とってもひろいのね!」


 初めて外に出た少女は感嘆の声をあげました。見るもの全てに感動して、すごいすごいと繰り返します。

 ですが、そのことにお母様が気づいてしまいました。


「どうして外に出ているの!」

「ご、ごめんなさい……。ことりさんをそとににがそうとして、つい……」


 顔を真っ赤にして泣きそうな顔でお母様は少女を叱ります。そして少女の手をひいて家に帰ろうとした、その時です。


「――ごほっ、ごほっ……げほ、が、かふっ」


 突然咳が出始めました。苦しくて苦しくて、少女は思わずその場にうずくまります。その青い目に涙を浮かべ、背中を丸め、手を口に当てて咳をします。


「おが、あ、ざま……っぐるし、よおっ……げほっご、はっ、はあ……っ!」

「しっかりして! もうすぐ家につくから、そうしたらお薬があるから……!」

「けほっ、ごほっ、たすけ、て……」


 お母様が必死に少女を励ましますが、その声は少女には届きません。朦朧とした意識の中で、少女は思います。


――しにたくない。


――わたしは、まだいきていたい。


 このままでは死んでしまうということが、少女には本能的に分かっていました。

 少女は願います。「死にたくない、生きたい」と。


「が、かはっ、ひっ、ひゅー……ひゅー……」


 ですがその願いもむなしく、少女はその意識を手放していきます。

 そして、永遠に眠ってしまうその直前のことです。少女は天使に会いました。




***




 それから。

 少女は深い深い森の奥、湖の側にある小さな家の中で暮らしています。お母様はいません。とっくに死んでしまいました。あの時の少女と同じように苦しそうな咳を繰り返し、そして眠りました。少女は泣きませんでした。

 だって、お母様が死んだから少女が生きているのですから。少女はお母様に身代わりになってもらったのです。あの時出会った天使に、そう願ったのです。どんな手段を使ってもいいから自分を助けてくれと。だから少女は泣きませんでした。


「ふん、ふふーん……」


 少女は鼻唄を歌います。 自分が生きていることが何よりも嬉しいのです。

 少女は体が弱かったので、お母様にとても甘やかされて育ちました。外に出してはくれませんでしたが、それ以外のことなら何だって叶えてくれました。なので、少女はとても自分勝手です。自分のことが一番大切なのです。

 楽しそうな少女の姿は、全く変わりません。これからも変わることはありません。少女は天使に永遠の命も願ったのです。天使は条件をつけてそれを叶えました。なので少女は、この小さな家から出なければ、いつまでも生き続けることができます。外に出られないのは退屈だけど、それでも少女は満足しました。手に入れられないと思っていたものが手に入ったからです。


「うふふっ」


 少女は無邪気に笑います。


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