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後編

 

 またさらに幾年月が流れた。

 春の新緑に彩られた渓谷を渡り、交易都市ファラーンの石畳の迷路のような通りを彷徨っていたサイベルが風のうわさに聞いたことには、ケインの騎士団は瓦解し、今では壊滅したという事だった。

 ケインの姿を見た者はもう誰もおらず、その最後は誰も知らない。ある者はどこかの戦場で果てたと言い、また別の者によれば、彼方の地へと旅立ったという。

 噂は様々だったが、最近ではその名が話題に上ることもめっきりと減り、サイベルにはもはや、真相を確かめる術もなかった。


 人は去り、時も過ぎる。

 夏の訪れを感じさせる日差しを受けてサイベルは一人、ニュー・エピックの開拓村を見下ろす、ともし火の丘を訪れた。

 開拓村の遥か彼方まで臨む眺望を眺めて、一人佇むサイベルの横を、涼しげな風があの日と同じように吹き抜けていく。

 既視感を感じさせるように、彼方から聞こえてくるのは戦いの音。

 興味もなさそうにサイベルが振り返ると、司祭プリーストの少女が黒狼二匹に追われている。


 見習い司祭プリーストの少女コフィンは、きこりの森にある老婆へ薬を届けるという依頼の帰り道、2匹の黒狼に襲われて、命からがら逃げてここまでたどり着いたのだ。

 もう少しで開拓村まで逃げきれるというところで足を挫いてしまい、追いつめられながらも彼女はなんとか凌ぎつつ、必死に逃れようとしていた。

 蒼く光る加護のシールドを張り巡らし、黒狼の牙を何とか防いでいたコフィンだったが、今にもその毒牙が届くのも時間の問題かもしれない。

 どうしようもなくて震えている彼女のまわりを、二頭の黒狼はグルグルと円を描いてまわっている。

「キャインッ」

 いよいよ観念して身を固くしたコフィンだったが、その時、ふいに二頭の黒狼は、彼女の目の前で、一瞬にして青白い炎に包まれて消し炭に変わる。

 結局、放っておく事の出来ないサイベルだった。


「ありがとうございます、助かりました。これも神の御加護ですね」

「……かもしれないわね」

 助けられたコフィンは、立ち上がって膝の泥を払うと朗らかに礼を言った。

 サイベルと並んで、ともし火の丘に立つコフィン。太陽は西に傾き、夕日が二人を包んだ。

「こんな綺麗なのに‥‥。知ってますか?世界がもうじき終わるという噂」

 コフィンは、夕焼けに染まる世界を眺めながら、彼女の問いにサイベルも答える。

「そうね、そう話す人たちもいるわ。私にはどちらでもいい事かもしれない」

 真相を探るために旅立つというコフィンを、サイベルは一人見送った。

 

 秋の太陽が傾き、風の涼しさが増した頃、噂はいよいよ現実のものとなった。やはり世界は終わりの日を迎えるのだ。

 ともし火の丘から、今日も一人でサイベルは夕陽を見ている。

 ここからの夕日を、もう見ることはできないのだ。なぜなら、明日世界は終わりを迎えるのだから。明日の朝九時に、世界は終わりを迎えるという。かねてより兆候はあったが、ついにそれは現実の物となってしまったのだ。

 変えられない定めに従い終わりゆく世界を、愛おしそうに一人眺めるサイベル。

 思えばこの世界でいくつもの出会いがあった、あるものは勇者に、あるものは国王に、あるものは法王に、そしてあるものは魔王になった。またある者たちは探検に明け暮れ、あるものは商いに精を出した。

 しかし、その誰もが結局は露と消え、サイベルは今も一人この世界の最期を見守っているのだ。

 世界の消滅はもう避けられない。ならば、その最後を目に焼き付けるのも、多くの者達を見送ったサイベルの役目かもしれない。

 そして、次の日の朝、神々の大地と呼ばれたヴァーンは、その終わりを迎えたのだった。


 はるかな時と空間を超えて、サイベルは新たなる世界に生まれ変わっていた。いや、生まれ変わったという言葉は適切ではないかもしれない。

 だがサイベルは確かに、時間と空間を隔て、生まれたばかりのこの新たな世界に存在していた。

 サイベルは時空を超えたその新たな世界では、吟遊詩人として存在していた。人の多い大きな街。その雑踏の中、リュートを持って佇むサイベル。

 彼女が立っているのは、その世界の中心である都の中央、英雄を祭った公園の一角だった。その世界の中心ともいえる公園の噴水の前で、彼女は手の中の楽器を爪弾き、今は無い世界の事を謳った。


 その場所は、まったく違うが、どこかあの、ともし火の丘を思い出させた。

 彼女は、かつて出会った英雄たちや、ふしぎな場所、その出会いと別れを、新たなる世界で歌うのだった。



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