中編
あの日から変わっていない、ニュー・エピックの開拓村の様子。
十年一日というような田舎の村。ただそれだけでなく、相変わらず戦いの気配が、平和なはずの開拓村に色濃く漂っている。
村の周りの森には、またゴブリン共が徘徊するようになっているらしい。聞けば、今回はいくつもの大きな部族が押し寄せているとの事。例によって村の広場の中心部の掲示板には新たな布告が出され、大きく掲げられたそれは、集まった剣士たちの注目を集めている。
秋晴れのその日、ニュー・エピックの開拓村へと降り立ったサイベル。
なんとはなしに、道端のバザーを覗きながら漫ろ歩く彼女を、なつかしい声が不に呼び止める。
「サイベルじゃないか、いったいあれから‥‥」
それは、あのケインだった。彼は、懐かしさと驚きの混ざった顔で、一旦言葉を切る。
見違えるように逞しくなった、かつての少年剣士。もう押しも押されもせぬ立派な剣士と言った所だろう。
「しかし、あなたはまるで変わらないな」
はにかみながらそう言われて、サイベルは軽く首をかしげると、あの日と変わらぬ幼さの残る表情で、穏やかにケインに向き合った。
「あれからだいぶ強くなったんだ!俺も今では村を守る剣士団の隊長なんだぜ」
去る者は日日に疎しというが、見ればケインは二十歳といったところか。背もだいぶ伸びたし体躯も逞しくなり、歴戦を思わせる使い込まれた重装備に身を固め、すっかり見違えるように立派になっていた。
対してサイベルの方は、確かにそれほど変わってはいなかった。いや、まるで開拓村を去ったのが昨日のことのように同じように見える。
だが、サイベルにとっては、ケインがどんなに強く逞しく成長していても、あの時のケインのまま変わらなかった。彼女はやさしい眼差しで剣士を見つめた。
「強くなったのね、ケイン」
サイベルのあの日と同じように穏やかな、だが変わらず子供のような扱い。そして、どこか興味の薄そうな彼女の言葉に、内心少し不満に感じるケイン。そういうところはまだ男の子と言えるかもしれない。
「これもあなたのおかげです。でも、もっと強くなりたい。もっともっと強くなって、そして、更に名をあげてみせるよ」
言うなり、ケインは高々と剣を掲げてみせる。その剣の輝きに、まわりにいた開拓村の剣士たちは、明かに羨望の目を向ける。
その剣は、このあたりで難攻不落と言われた砦に隠されていた、稀代の名工の作と言われる業物だったのだ。
もしかしたら、村の剣士たちの羨望。それが普通の反応であり、それこそがケインの求める反応なのかもしれなかった。
ケインはこれから出陣するという。今回の新たなゴブリン討伐に、サイベルの助力を熱心に請うた。今までにない規模の討伐になるらしい。
「腕が鳴るぜ! 敵の首級を一番多く狩ってやる!」
「おいおい、張り切るのはいいが、後詰の俺らの分も、ちゃんと残しておいてくれよ!」
活気に沸き立つ剣士たちの陣内。サイベルを招き、懇願するケイン。
「また、あなたに助力してもらえれば、こんなに頼もしいことはない。ぜひ一緒に村の為に戦ってほしい!」
無言で返すサイベル。サイベルにとっては、もう助力する意義を見いだせなかった。ケインは十分強くなっていたし、自分やまわりを守れる強さを持っているのだから。
しかし、結局今回もケインの熱心さにほだされて、サイベルは剣士団と共に戦うことを決めた。やはり放ってはおけなかったのだろうか。
戦いは熾烈なものだったが、剣士団には手練れも多く、連携が取れた戦術で、多数の魔物の群れを次々と打倒し、ゴブリン共の屍の山を築いていく。
サイベルも剣士団の奮闘に応える様に、惜しげもなく炎を雨のように降らし、稲妻を幾条にも走らせて、ケイン達のため、立ち塞がる魔物の群れを薙ぎ払っていく。
またある時は、魔法の剣の威力もって剣士たちを鼓舞し、光の壁で敵の矢を遮り、傷ついたいた剣士たちを癒して、彼らを助けて華々しく立ち回るサイベル。
あまり積極的に力を振るおうとしないサイベルだったが、ひとたび魔術を解き放てば、彼女の術の冴えは、強力な力を発揮する。その魔法の紗枝は的確で、剣士たちを背後から支えていったのだった。
数回にわたる剣士団の遠征により、ついにはゴブリン共の部族連合は瓦解し壊滅。戦いはケイン達剣士団の勝利に終わる。
最後のゴブリン共の族長が倒れ、その居城の高い塔を占拠したケイン達は、戦利品である城に眠る古代の財宝の配分に揉めることになる。その諍いは、むしろ敵と対するよりも激しかったかもしれない。
結局、それが元である者はそのまま去り、剣士団も二つに分裂してしまう。開戦前の熱気は何処にいってしまったのだろうか。そこには、古城の亡霊のような昏い情熱だけが漂う。
その醜い争いは、最終的な勝利者たるケイン自身にも大きな痛手を与えることになったが、サイベルにもどうしようのない事だった。結局、剣の腕も魔法の技も、無力なことがあるという事だろうか。
結果的に財宝の多くを独占したケイン達は、客分であるサイベルにも戦利品を分けたが、サイベルは宝物庫の中に見出した、蒼い鍵だけを受け取ると、後は固辞してしまった。
サイベルは、何も言わず、山の紅葉の中に霞む古代の城を一瞥すると、彼女自身も霞の様に姿を消す。
ケイン達の凱歌を聴きながら、彼女ははまた一人旅立ったのだった。
そしてまた更に数年の歳月が流れる。
雪に覆われた王都レイグラント、冬のある日の事。
暮れも押し迫り、太陽復活祭を前にして、真冬の寒気の中でもなお活気にあふれた王都は、サイベルの目にも華やかに映り、道行く人たちは皆浮かれ騒ぐ。
王宮前の広場をサイベルが通りかかると、華やかな王都にあって、一際華々しい騎士たちの一団が集まっているのが道行く人々の目を引く。
白銀の鎧に身を固めた彼らの中心に立つ、壮年の逞しい騎士は誰あろう、あのケインだった。また見違えるほどに成長した彼は、今では王都の騎士団の団長。
ケインは、道を行く一人の魔法使いに目を止めると、みずから歩み寄った。
「やあサイベル、やはり、あなたは変わらないな」
確かにケインの言う通り、サイベルは初めて会った時のまま、幼さの残る微笑みを彼に投げかけていた。
「あなたはずいぶん立派になられましたね。今では王都の騎士団の団長にまでなったと聞いています」
ケインの纏う重厚な鎧は雪景色と同じ色で冬の太陽を映して眩しく輝き、掲げた剣は眩い魔法の光剣で、地の底に眠るマグマの様に激しく赤く輝いていた。
「なんの、これも元はと言えばあなたのおかげでもあります。結局俺は何も返せてはおりませんが、今ではサイベル、あなたを守る程の力も手に入れた。あなたが望むなら、王座でも奪って差し上げましょうぞ。わっはっは」
豪快に笑うケイン。まわりの騎士たちも、その不遜な物言いに合わせて笑っている。
「私は何も。あなたが無事なようで何よりです。今のあなたの力、そしてその剣があれば、魔龍の首を撥ねるのも造作もない事でしょう。あなたはその力で、あなたの大切なものを守るために戦ってください」
「あなたの名に懸けて、私は戦いましょう。こんな剣、すぐに更に素晴らしいものを手に入れて、今よりももっと強くなります」
ケインは今の武具でも、まままだ不満なのだった。王国の至宝とされる宝剣を持つライバルを妬み、さらに強力な力を欲っしているのだ。
サイベルは、騎士団を率い魔の山に住むという龍の討伐に向かうケインを、雪の王都から一人見送った。
旅路の果てに、サイベルが蒼の門を超えて星の砂漠に達していても、オアシスではケインの事は風の噂に聞いた。
旅人の話では、ケインは王都最大の騎士団の長を経て、レイグラントの王座にまで上りつめたそうだ。彼の即位にレイグラントの都の人々は沸き立っているという。
しかし、サイベルは立ち寄った町々で、ケインにまつわる良くない噂も聴くようになっていた。
曰く、だまし討ち、宮廷での謀略、騎士団の略奪。それらは、いつ果てるともない戦に駆り立てられるケインの、さまざまな勲しい武功と共に、まことしやかに語られていた。だが、全ては勝手な噂話。
あく事の無い、長く続く合戦。泥沼の戦いに明け暮れているケインを、サイベルには遠くから無事を祈る事しか出来ないのだった。
結局、その後サイベルが、ケインと会う事はもうなかった。




